こんにゃくライトセイバー

あさおきて ひるねして よるねた

最後!

今日で終わります!
チカちゃんとおじいさんのお話!

1話目
http://konnyaku-lightsaber.hatenablog.com/entry/2015/01/30/005804
2話目
http://konnyaku-lightsaber.hatenablog.com/entry/2015/01/30/230026
3話目
http://konnyaku-lightsaber.hatenablog.com/entry/2015/02/08/201058

こうやってみるとけっこう書いたなぁと。完全に自己満足の世界!!




学さんが、僕らをおじいさん(学さんにとってはお父さん)のところに案内してくれることになったので、僕はすぐチカちゃんへ「放課後に行こう」とメールした。
「分かった」
と返信が来たにもかかわらず、チカちゃんは30分後には工務店に着いていた。
自分のことを棚に上げるけれど、学校は?平日だよ?と聞くと「授業中だったけど、お腹痛いって言って出てきちゃった。今ごろでっかいウンコしてると思われてるんじゃないかな」と笑う。
問題になってるんじゃないかな……


「早かったね」
学さんが穏やかな表情で言う。
「……父のところに行こうか」


僕らは学さんの運転する車に乗せてもらった。
車中で学ぶさんは言う。
「私も父にずっと会っていないんだ。場所は母から聞いてるだけでね」
その一言を言ってから、学さんは黙って運転するだけだった。
車中の空気が重い。
チカちゃんもまっすぐ進行方向を見ているだけだった。


車は二つの市街地を抜け、するりと駐車場に入り込む。
病院の駐車場だった。
ふと、手に暖かい感触を感じると隣の席に座るチカちゃんが僕の手を握っていた。
僕は強く握り返す。


学さんがナースステーションで病室がどこか聞いている時も、病院内を移動する時も、脳神経外科の区画に入る時も、おじいさんの部屋の前についた時も僕らは手を繋いだままだった。
とにかく、怖かった。


「入るよ」
僕らに言ったのか、病室の誰かに言ったのか。
学さんは病室に入っていった。僕らも後に続く。
部屋は個室だった。
陽のよくあたる部屋で、中にはおばあさんが一人で本を読んでいた。おそらくおじいさんの奥さんなのだろう。
「学……」


「母さん、俺……」
学さんが言葉に詰まる。おばあさんの目線は柔らかく、わだかまりはなさそうだ。
ベッドに横たわる人物の前に学さんは移動すると少しの間見つめ「すまない」と言い残し、病室を出ていってしまった。


「あの子にも思うところがあるものね」
優しくおばあさんがつぶやく。
「いらっしゃい。のひ太くんとチカちゃん……よね?待っていたわ」
僕らの名前を?
「この人から聞いていたの」
おばあさんは目線をベッドに移す。
促されるように僕らはベッドの前に移動し、寝ている人物を見る。


おじいさんだ……。
7年前より劇的に痩せているけれど、髭がなくなっているけれど、目をつぶっているけれど、呼吸器に繋がっているけれど、おじいさんだった。


懐かしかった。
話したいことや聞きたいことがたくさんあった。
だが、それはきっと叶わないだろうことが、おじいさんのベッドから伸びる管の量で察することが出来た。
もうおじいさんと話すことは出来ない。
7年前には子供で実感できなかった喪失感を、今、改めて感じる。


チカちゃんは無表情でおじいさんのことを見ていたけれど、握っていた手に爪が食い込んできて、軽い痛みを感じるほどだったから思いは同じなんだと思う。
手に食い込む爪の痛みだけが心細さを少し和らげてくれていたので、僕はチカちゃんの手を解くことができなくなっていた。


「この人、帰ってきてからはあなた達の話ばかりだったわ」


おばあさんが教えてくれる。
おじいさんの会社(村田工務店)が今から10年ほど前に経営危機を迎えていたこと。
その危機からおばあさんや学さんをおいて逃げ出してしまったこと。
「従業員の生活や、私達の生活をプレッシャーに感じたのね。追い詰められたこの人は逃げてしまったの」
そこから学さんが発起して、経営を立て直したこと。
「学もとてつもない苦労をしたはずなの。それでわだかまりが残ってしまったのね……。今日はあの子を連れてきてくれて、ありがとう。間に合って良かったわ」
間に合う?何に?


おばあさんが続ける。
「逃げた先でホームレス同然の暮らしをしてる時にあなた達に会ったのね。その時の話は、この人から聞いてるわ」
優しく僕らに微笑む。
「この人、言っていたわ。あなた達と過ごす時間だけが、逃げていた日々の中で生きていると思える時間だったって」


「あなた達、自分たちのことは『のひ太』『チカちゃん』って呼び合うのに、この人のことは呼ばなかったそうじゃない。それが寂しかったみたいよ」
おばあさんはいたずらするように笑う。
そうか、僕らはおじいさんの名前を知らなかったけど、おじいさんは知ってくれていたんだ。
僕らの名前を。
忘れずに。


「のひ太くん、あなたは臆病だけど思慮深く優しいって言っていたわ。この人のこと、怖がらなかったのはあなたとチカちゃんだけだって」
「チカちゃん、あなたは無鉄砲で勝ち気だけど、感情豊かで一緒にいる人を楽しくさせるって言ってたわ」


少しだけ顔を背け、おばあさんはさらに教えてくれる。
「こんな暮らしも構わないかなって思っていた時に、たまたま近所の噂を耳にしたみたいなの。『化物屋敷に変質者が住みついている』って。特にチカちゃんのことを心配していたみたいね。女の子が出入りして、変な噂で傷つけないか……って」
チカちゃんはまっすぐおばあさんを見据える。


「このままだと、あなた達に迷惑をかける。そうしたら顔向けできなくなる。だから、私達のところに戻ってきたの。今度は胸を張ってあなた達に会えるよう、頑張るために」
そうか!
おじいさんは別れるために僕らの前からいなくなったんじゃないんだ!
もう一度会うためにいなくなったんだ!
長い間の疑問が、優しく溶ける。


「一度だけあなた達の成長した姿を見に行ったこともあるみたいなの。のひ太くんはあんなに小さかったのに、こんなに大きくなってた。チカちゃんは男の子みたいだったのに、すっかり綺麗になってたって、笑ってたわ。この人、普段はあまり喋らないのに、あなた達のことだけはお喋りだったわね」
僕らに会いに来てくれてたのか!


「私が言うのも何だけど、この人、帰ってきてからはがむしゃらに働いていたわ。あなた達に会うことだけが楽しみだったのね」
言葉を区切る。
「そのおかげか会社も軌道に乗ってきたの。そろそろ良いかなって思っていたのだと思う」
おばあさんの目に涙がたまる。
「この人ったらね、あなた達に会うためにスーツまで新調してたの。『最近の子は小遣いってどのくらい渡せば良いのか?』って、何度も聞かれたわ」
僕は流れてくる涙を止められなかった。お小遣い?そんなの、おじいさんらしくないよ。ぶっきらぼうに話しかけてくれるだけで良かったのに……。


「頑張りすぎたのかしらね……。脳梗塞で倒れてしまって。……意識の回復は見込めないそうなの」
覚悟していた言葉を告げられる。
チカちゃんは僕の手を離し、ベッドから伸びるおじいさんの手を握る。
チカちゃんの涙が、ベッドのシーツに点々と染みを作る。


「この人、いつもタイミングが悪いんだから。せっかくのひ太くんと、チカちゃんが訪ねてきてくれたのにね。寝てるだけなんて」
僕もおじいさんの手を握る。
昔はゴツかった手が、今はやせ細っていた。




こうやって僕らはおじいさんに再会した。
話はもう少しだけ続く。



病室からの帰りがけ、おばあさんから「また来てね」と言われたが、僕らがその病室を訪ねることはなかった。


僕らが病室を訪ねて3日後、連絡が来た。
おじいさんが亡くなった、と。
おばあさんは覚悟していたのだろう。
「あなたたちが来てくれて、思い残すことがなくなったのね」
と笑った。


僕らはおじいさんのお葬式に呼んでもらった。
学さんは泣き崩れ、おばあさんは凛としていたが、目は赤かった。
僕は病室で感じた喪失感が強く、悲しむことも出来なかった。
そして、チカちゃんはお葬式に来なかった……。


僕は喪服代わりの高校の制服を着たまま、歩いている。
学校とは逆方向なので、こっちに来るのは久しぶりだ。
町並みは少しずつ変わっているが、買い手がつかないのか、ここだけは以前のままだった。
僕は化物屋敷についた。


オンボロの門を開け、昔と同じように開けるのにコツがいる扉を抜けて、家の中に入る。
埃が薄っすらと積もっていて、昔と同じように、靴のまま入り込む。
「やっぱり」
僕はひとりごちる。
床には小さな、真新しい靴跡が先についていた。


小さな靴跡を辿ると、リビングにチカちゃんが背を向けてしゃがんでいた。
その背中は小さく、見る人を不安にさせる。
僕はチカちゃんの隣にしゃがむ。
チカちゃんは僕が来ることを予想していたのだろう。驚かなかった。


「私ね、おじいさんが亡くなったって聞いたのに、悲しいって気持ちがわかなかったの」
チカちゃんが静かに語る。
「あんなに会いたいと思っていたのに……」
チカちゃんが頭を僕の肩にのせる。
僕もだよ、チカちゃん。病室のおじいさんのあの姿だけで十分に悲しんだのに、これ以上は悲しめないよね。
でも、僕はそんな言葉をチカちゃんにかけることが出来ず、違うことを話しかける。


「チカちゃん、見て」
僕は懐から丁寧に畳んだハンカチを取り出し、開いてみせる。
中には、骨が入っている。
「おばあさんに了承してもらって、お骨をもらってきた。僕らで、この化物屋敷で、おじいさんを弔おう」
チカちゃんは骨を見た時に驚いていたけど、首をコクンと頷かせ、同意してくれた。


お骨を綺麗な瓶の中に入れて、埋めた。
そこに僕は小刀を飾る。
「おじいさん、刀を返します」
チカちゃんは、手を合わせながら静かに泣いていた。


こうして、化物屋敷にはおじいさんのもう一つのお墓ができた。
僕らはたまにここで会い、おじいさんの話やなんでもない話をするようになった。
まるで、昔のように。



今も僕は化物屋敷に向かっている。
そろそろ、僕の気持ちをチカちゃんに伝えてもいいかなって思いながら。




終わった……
終わりましたよ。
今日、出社したのに誰も来なくて(来るって言ってたのに!)、一人だからってチマチマ書いてました。
何してんだろ……僕。


とりあえず、ノーシェアで上げときます。
まとめっていうか、総括は帰りながら書きます!


とりあえず、ここまで読んでくれた忍耐強い方がいらっしゃいましたら、ありがとうございます!!