こんにゃくライトセイバー

あさおきて ひるねして よるねた

ガキと俺④

もうね、言い訳しないことにしました。これは淡々と終わらせます。や、まだまだ終わらないんですが……。

 

ガキと俺① - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺② - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺③ - こんにゃくライトセイバー

 

あと各話の最後でリンク付けしてみました。
①→②→③→④と行けます。

どうでも良いと思いますが……。

 

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嫌々ながらガキを西口まで送る。
まだ宵の口だ。繁華街には人がごった返し、二人ならんで歩くのは少々困難だった。
途中、気になっていたことを聞いてみることにした。
「何故、親に助けを求めない?俺に頼るより、親を頼った方が良いだろう」
ガキの顔が曇る。
「あの人たちには何も……」
と言ったきり、黙ってしまった。
考えてみれば、こいつは俺の知る限り毎日マクドナルドで夕飯を摂っている。こいつの親がまともではない可能性は否めない。
しかし、自分の娘が犯罪に巻き込まれているかもしれない状況を放っておくだろうと思われている親、か……。
それ以上、俺から話すことは無かった。俺たちは黙ったまま西口の改札までたどり着く。
「ここで大丈夫です。それじゃあ!」と無理やり明るい顔をひねり出したガキが改札の向こうに吸い込まれていった。
俺はぼんやりと改札の向こう側を見続けていた。ガキの姿は人混みの中ですぐに消えた。


モヤモヤした気分のまま俺は家に帰り、すぐに寝床に潜ってしまった。
翌日、俺は前日購入したストライプのシャツと、グレーのパンツに身を包んだ。ボーナスを吹っ飛ばした服だが、確かに着心地が良い。いつも着ている安物と肌触りが違う。するりと袖に腕が通る。ふむ、珍しく気分が良い。出社に使う殺人的なラッシュも特に気にならない。いつもなら呪詛の言葉を頭のなかで、乗客たちに投げるかけるのだが。
ただ、今朝は確実に面倒なことになるだろうな、とは覚悟していた。


「瀬戸さん!素敵じゃないですかぁ!どうしたんですかぁぁ!?あぁぁぁ!彼女さんですね!」
朝から全開の佐々木だ。こいつは俺の禁煙が続いて以来、ちょくちょく話しかけてくるようになった。
正直なところ、俺よりも仕事ができる後輩だから助かっている。こいつとしゃべるようになってから課長にキレられることも激減した。もっと早くこいつを利用すべきだったと後悔している。
ただ、こいつは社内でもモテるらしく、急に話すようになった俺に対して男性社員の敵意に満ちた視線がうっとしい。
佐々木がまじまじと俺を見つめる。
「はぁ……。瀬戸さん、元は良いのに愛想が悪い、煙草臭い、服がダサい、てかボロを着てるっていうマイナスキャラだったのに、素敵になっちゃって……。惜しいことをしたなぁ。『株は安い時に買っておく』という鉄則を忘れてました」
良い評価なのか悪い評価なのか微妙にわからないが、そこを突っ込むと長くなるので聞かないでやり過ごす。


「そういえば、瀬戸さん。あれ、どうします?」
「あれ?」
「社内プロジェクトの企画ですよ。課長から急ぎではないけど、出来ればやってほしいって依頼されたやつです」
忘れていた。
俺の勤める会社は最近ワンマン社長が躍起となり、「この激動の時代、このまま同じことを続けていて先細るだけだ!これまでと全く違った視点のプロジェクトを立ち上げる!」と檄を飛ばしていた。
それが俺たち下っ端に社内プロジェクトの企画書作成という形でお鉢が回ってきている。全く興味がない話なので、
「面倒だ。やっておいてくれ」
と佐々木に話を振っておく。
「うぃーっす」
と答えてくれる。便利だ。
恐らく、佐々木は俺を飛び越して昇進するだろうが、やりやすそうなので、別にかまわないと思う。
佐々木よ、昇進して課長と入れ替わってくれ。


その現・課長にも今日は話しかけられる。
「お、今日はしっかりした身なりだな。服装の乱れがクライアントに不信を与える。いつも心がけるように」
学校の教師みたいなことを言われる。放っておいてほしい。


課長の件しかり、今日一日は何となく人の目を感じた。
うちの会社は都心にあるものの、零細企業らしく社員数は少ない。自然、ほとんどの社員の顔と名前は覚えられてしまう。そのせいか、俺がまともな格好が社内の話題となってしまった。さらに佐々木が「彼女が!彼女が!」と畳み掛けることで、より注目を集めてしまう。っち、暇な会社だ。
俺はその視線を無視し、ぼんやりとガキが言う「視線を感じる」ということについて考えていた。


そんな身の置き場のない一日に終わりを告げるべく、定時には佐々木に帰宅を告げる。
「お先にー」
「うぃーっす」
がに股でイスに座り、パソコンの画面を凝視していた佐々木が、朝と同じ応答をする。何でこいつがモテるのか分からない。


俺はいつもの道をたどり、マクドナルドに向かう。
珍しくガキがいつもの席に先に座っていた。律儀に俺も対面に座る。
「あら?早速昨日買った服を着たんですね。嬉しくなっちゃって、まぁ」
いきなり吹っ掛けてくる。腹が立つ。
「お前が着ろって言ったんだろ」
「でも、うん。馬子にも衣装っていうのは本当ですね。まぁこれなら私の隣を歩くにも及第点ってところですね」
ガキの褒め方が上から過ぎて、全くうれしくない。
「はぁ。で?今日はどうなんだ?」
ため息をつきながら、ストーカーの件に話題を変えてやる。


ガキは顔を近づけ、秘密の話をするように声のトーンを落とす。
「やっぱり視線を感じるんですよね。見られています」
「お前の勘違いじゃないのか?何だよ、視線を感じるって」
俺は昼のことを思い出しながらも聞いてみる。
「私、可愛いじゃないですか」
「あ?」
「私、可愛いじゃないですか」
なんだ?こいつ。
「だから、これまでも後をつけられたこととかが結構あって、こういうことに敏感なんですよ。今回も間違いないと思います」
「今まではどうしてたんだ?」
「これまでは転校が多かったので、引っ越すとそこで終わりました。まぁストーカーっていうよりも『あの子、良いな』ってくらいの気持ちで、あとをつけられちゃったんでしょうね。あぁ可愛いって罪ですね」
ぶん殴ってやりたくなるが、俺は大人なので堪える。


「というわけで、今日の帰りも西口まで宜しくお願いします」
どうせ拒否しても脅されるだけなので、せめてもの意思表示として嫌な顔だけをしてやる。
「今日も視線を感じるのか?」
「はい。どうも塾を出てから電車に乗るまで、この町にいるときだけ視線を感じるんです。家まで追ってこないことを考えると、そんなに危険じゃないとは思うんですが……。念のため」
面倒事に巻き込まれつつあることを認識しながらも、今日もつけられているのであれば、俺には思いつきがあった。それは送りがけに試すこととして、もう一つガキに確認してみる。
「ストーカーに思い当りは?」
「私が可愛いこと以外は何も」
何回、自分で言うんだ。


そうして早々と飯を食った俺たちは早速マクドナルドを出て、西口まで向かうこととした。
昨日同様、町に人が多い。それでも、
「つけてきてますね、マックを出た途端に視線がついてくるのを感じます」
と、ガキはエスパーのようにストーカー野郎の視線を感じ取る。
だが、今回のストーカー話を頭に入れてみると、すれ違い様にこいつに目を向ける男は多い。ついで、俺を見て「何だ?こいつ」と目を向けてくる奴らも多い。人目を引くタイプというのは本当のようだ。それを言うと、図に乗りそうだからガキには言わないが。


「こうやって歩いていると、私たちどういう関係性に見られるんでしょうね」
「昨日、服屋の店員には兄妹に見られた」
忌々しい記憶だ。
「兄妹!?私と瀬戸さんが!?あっはは。こんなお兄ちゃんだったら、嫌だなぁ」
「奇遇だな。俺もお前に対して、まったく同じ感想を持った」
「あぁ、なるほど。兄妹だと結婚できないですからね」
「バーカ」


そんな下らないやり取りを続けているうちに、俺たちは大通りについた。
「こっちだ」俺は交差点を左に曲がるよう、促す。
「瀬戸さん、西口はこの道をまっすぐですよ」
「今日はこっちから行くぞ」
俺はガキの進言を無視して、ビルとビルの隙間の路地に入っていく。
「ま、待ってください!」
ガキがちょこちょこと後ろから着いてくる。
俺が進むこの路地は表通りの喧騒と打って変わり、人通りが少なくなる。道は狭く街灯もないため薄暗い。こういった道は善良な一般人を寄せ付けず、柄の悪い連中を呼び寄せるものだが、そういった奴等がたむろするにはまだ早い時間だ。つまり、この時間のこの道は人がまったくいない、町のエアスポットになる。


「こ、こんな暗がりに連れ込んで、ど、どうするつもりですか?」
気丈に振る舞いながらも、珍しくガキの声が震えている。たまには怖がれば良い。良い気味だ。
ガキの問いかけを無視してまっすぐと進む。路地はますます狭く暗い道となり、慣れていないと相当歩きにくいだろう。事実、後ろから「痛っ」だの「キャッ」だの、道に悪戦苦闘するガキの声が聞こえてくる。
俺はガキのさらに後ろの気配、つまり俺たちについてくる奴らの足音がないか注意深く探ってみる。が、何も聞こえない。
これだけ人通りがいない中、ストーカーがつけてくるようであれば、どいつなのかを特定出来るのではないかと考えていたが、第一の作戦は失敗のようだ。
俺は作戦を第二段階に移行することとする。


「瀬戸さん、もう引き返しましょうよぉ。中学生の女の子をこんな暗がりに連れ出すって如何なものかと思いますよ」
段々慣れてきたのだろう、ガキはいつもの調子を取り戻しつつある。
引き返すも何も、もうそろそろこの薄暗がりの道も終わる。
あと一つも曲がり角を曲がれば、また人の多い表通りに戻ることが出来る。
その角ギリギリの場所で俺は、思い出したように振り替えり、ガキに対面する。
「え?」
ガキは戸惑っているが構わず、俺は顔を近づける。
「え?え?え?ちょ、ちょ、ちょっと!瀬戸さん!」
ガキの顔が急速に赤くなる。


しかし、俺は一瞬の溜めの後、右手を振り上げ、そのまま勢いに任せてガキに振り落とす。
ガキは派手に吹っ飛び、背中ごと壁にぶつける。ガキが体をぶつけた壁はトタンだったようだ、派手な金属音がそこらに響く。角を曲がればすぐに大通りだ。この音は外にも聞こえているだろう。俺は早めに終わらせるべく、事を急ぐことにした。
ガキは何が起きたか理解できないといった様子で俺の顔を見つめる。足に力が入らないのだろう、壁に寄りかかったまま立っていたが、そのままズリズリと地面に腰を落とした。
「せ、瀬戸さん……?」
俺はガキのすぐ側に無言で唾を吐く。ビジャっと地面に唾の音が跳ねる。


ここまで来て、ガキは自分が暴力を振るわれていることを理解したのだろう。
しかし、状況に反してガキの顔色は冷静だった。目に怯えはなく、逆に心は屈しないことを示す強い光があった。ガキがキッと俺を睨みあげるが、何も話さない。口は真一文字に結ばれている。
俺もガキを見下ろす。トタン壁の振動が収まったのだろう。静かで緊張した空間が俺とガキの間に作り上げられていた。


俺はその静寂をかき消すように、ガキの顔のすぐ横を通過するよう、蹴りをいれる。ガキの長い髪の毛が蹴りの圧力によって巻き上がる。俺の足はそのままトタンの壁にぶつかり、再度、大音量の金属が鳴り響く。
それでもガキは顔色一つ変えない。そう俺が認識した瞬間だった、今度は俺の体が左から右に吹っ飛んだ。思いがけない方向からの力に、俺は難なく二メートル程先の地面に転がった。
俺は地面に這いつくばったまま、すぐに顔をあげると、とてつもなく大きな塊がこちらに向かって突進してくるのが、視界の端に見えた。
根元的な恐怖を感じた俺は、塊をさけるよう体を入れ換え、相対するように立ち上がる。


大きな肉の塊だった。塊はふぅふぅと荒い息を上げている。
巨漢……というより、デブな男だ。
「こ、こ、この子に手を上げるな!」
デブが息も整えず、大きな声をあげる。


なるほど、こいつか。
俺は至って冷静に見えるように体の埃を払うしぐさをする。
デブを無視し、後ろにいるガキの方へ体を向け、近づく。「大丈夫か?」と声をかけ、腕を持ち立たせてやる。
再度、振り替えるとデブはまだ興奮しているようだ。
俺は手のひらをそいつに見せ、攻撃の意思が無いことを示し、間髪に入れずにそいつに声をかける。
「お前がガキをつけまわしてたんだな?」

 

つづく

ガキと俺⑤ - こんにゃくライトセイバー

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