こんにゃくライトセイバー

あさおきて ひるねして よるねた

ガキと俺⑤

もうね、恥ずかしくて堪らないんです。今までずっとなんですが、今回特に。

いい年こいて何してんのかな……と。

 

ガキと俺① - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺② - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺③ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺④ - こんにゃくライトセイバー

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まだ、「ふぅふぅ」とデブの息が荒い。かなり興奮しているようだ。
また体当たりを食らったら敵わない。俺はデブが理解できるよう説明してやることにした。
「勘違いするな。俺はガキに直接的な暴力は振るっていない。手を振り上げる直前、お前に分からないよう小声で『左の壁に向かって吹っ飛べ』と指示してる。ガキはタイミングをあわせて自分で壁に吹っ飛んだんだ」


まさか、こんなに上手く騙せるとは思っていなかったが、俺がガキに暴力を振るえば、正義感を気取ったストーカー野郎が自ら出てくるんじゃないかと考えていた。
ただし、街中でそんなことをすれば、ストーカー以外の奴に止められる。俺たちが人目につかないところにいても見ているだろう奴、つまりはストーカーだけに俺の暴力を気付かせる必要があったため、策を講じた。
まず、この路地を通ってきた時、ストーカー野郎は後ろにいなかった。しかし、こいつは昨日、俺がガキを西口まで送るところまでを見ている。今日も西口までついてくると仮定した場合、ストーカーはこの路地には入らずに、先回りをして大通りで俺たちを張っているのではないかと考えた。
そこで、大通りに戻るギリギリの目立たない場所で、ガキに暴力を振るっている"演技"をしてみることにした。
あまり長い時間をかけると他の奴が来る可能性がある。出来るだけ手短に、派手な音が出るよう、ガキに自分で吹っ飛んでもらいトタン壁の音を鳴らす。さらに俺もトタン壁を蹴ることでに派手な音を鳴らす。近くにいれば確実にストーカー野郎に聞こえているはずだ。
そして、実際、こいつのあぶり出しに成功した。


「な」
と同意を求めるようにガキを見たが、まだ顔に表情がない。これは……おそらく……切れている。
確かに「左に吹っ飛べ」と指示を出す以外は何も説明をしていない。これだけ怖い目に合わせたのだ、切れていて当然だろう。
俺は切れたデブと切れたガキにはさまれ、身の危険を感じながら、一部始終を説明してやった。


「はぁ……!」
説明が終わると、ガキは盛大にため息をついた。
「それじゃ、この暴力はこの人をおびき寄せるためだったってことですか?」
何とか分かってもらえたらしい。
「だとしたら、ここに来るまでや、マックで説明してくれれば良かったじゃないですか!本気で怖かったんですからね!」
「こいつがどこにいるか分からなかった。隣にいたかもしれないし、すぐ後ろをつけていたかもしれない。万が一バレてしまえば、この方法が使えなかったから事前に説明できなかった」
ガキは恨みがましく俺のことを見る。
「私に恐怖を与えたこと、後悔させてやりますから……」
漫画に出てくるボスキャラみたいなセリフを俺に投げかける。


俺は話題を変えるようにデブに話を振る。
「なぜ、ガキの後をつけた?」
デブはすでに興奮は収まり、俺の話を聞いているのかどうか分からないが下を向いたまま突っ立ていた。
何をするか分からないので、説明をしながらも俺は緊張を解いていない。
改めて見ると、小奇麗な格好をしている。薄いブルーのシャツに、体形に合ったチノパンと革靴。あまり変態野郎という印象がない。だがその格好に似あわない黒い大きなバッグを持っている。そこに何が入っている?武器か?と身構えていた。


「絵を……」
ポツリとデブが口を開く。
「彼女の絵を描いていたんです……」
「あ?こいつの?絵を?なぜ?」俺は詰め寄る。
「ぼ、僕、美大の四回生で、原田弘一と言います」
デブが名乗ると同時に、肩の力を抜いたのが分かった。俺も少しだけ緊張を解く。
「いま、卒制……あっ、卒業制作を作っているんですが、どうしてもメインのモチーフが決まらなくて……。美しさ、それも神秘さを表現したくて、モチーフを探しに町中を歩き回ってました。春からずっと探していたんですが、見つからないうちに夏になってしまって……」
何となく興味を示したようにガキが少しだけ前に出る。
「みんな、夏の時期に一気に作り上げるのに、僕だけ卒制に手つかずで……。焦っていたところに、見つけたんです。彼女を」
少しだけデブが顔を上げ、ガキの顔を見る。


「か、彼女は僕の表現したいモチーフにピッタリでした。モデルにしたい。でも、どう見ても小学生で……僕が声をかけたら確実に変態扱いされる」
ピクリとガキの肩が震えたのが隣で分かった。まぁな。中学生だしな。
「それなら、こっそりとスケッチをさせてもらおうと思ったんです。街中で見かけた人物をスケッチすることはよくあることなので……。でも、どうしても納得が行くカットが出来なくて……。もう一枚、もう一枚と描き進めているうちに、あとをつけてしまいました。ご、ごめんなさい」
なるほど。こいつにとってガキはモデル。モデルの造形を変えてしまうかもしれない俺に立ち向かってきた、ということか。


「あの」
ガキがデブに話しかける。
「もしかして、以前マックで私と瀬戸さんの隣に座っていませんでしたか?」
「あ、はい……」
そう言われて俺の頭の中でつながった。あの時の奴か!俺がガキと初めてマクドナルドで会った時に隣でチラチラ見ていたデブ!そういえば、こいつだった!
見ていたのは、スケッチするためだったのか!


よくそんなことを覚えていたなと、俺が呆れている間にガキが続ける。
「スケッチってありますか?その……私を描いたっていう……」
そう聞くと、のそのそとデブが黒いバッグからスケッチブックを取り出し、ガキに恐る恐る手渡す。顔つきは苦手な宿題を提出する小学生のそれだ。それに構わず、ガキは躊躇なくスケッチブックを開く。
「わぁ」ガキが思わず、と言った風に声を漏らす。
横で俺も目を見張ってしまった。
スケッチブックの中で描かれるガキは写実的であるものの、こいつの中の何か……さっきデブが使った言葉を借りるならば神秘さというやつなのだろうか、それだけを抽出して、ガキの造形に戻したようだった。特にガキの見た目に何も感じない俺も、はっきりと「美しい」と感じ取ってしまった。ペラペラとスケッチブックをめくると、ガキの絵が続く。
「すごい……。私ってこんなに綺麗だったんだ……」
ガキが嘆息する。
「いえ」
デブが否定する。
「貴女の美しさは、そんなもんじゃありません。でも、どうしてもそれを切り取れない……」
気障なセリフを吐いてくる。俺が二の腕の粟立ちを感じとっていると、突然デブが地面に這いつくばる。手は前に揃え、正座している。初めて見たが土下座というやつだ。
「こんなことを頼むのは差し出がましいのですが、この際、お願いさせてください!僕に貴女をスケッチさせてください!」
とんでもないことを、デブが馬鹿でかい声で発する。


「おいおい、図々しい奴だな」
仕方がない、口を挟んでやる。
「お前がやってることは、結局ストーキングなんだよ。ストーカー野郎が今度はじっくり見させてくださいって、どの口がほざくんだよ」
土下座してるデブの頭を踏みつけてやりたい衝動があったが、堪える。
しかし、ガキは俺の意図しないことを言い始める。
「良いですよ」
「あ?」
「別にかまいませんよ。スケッチくらいなら」
「本当ですか!?」
ガバっとデブが体を起こす。巨体が急に動くと少し恐怖を感じる。
「こんだけ綺麗に描いてくれるのであれば……。あ、でも一つだけ条件があります」
ガキが人差し指をちょこんと立たせる。そしてクイっと曲げ、俺を指さす。
「その場に瀬戸さんがいることが条件です」
という。
「もちろん構いません!」
「あ?」
デブと俺の声が重なる。突然何を言い出すんだ、こいつは?
「だって、一応ストーカー話から始まってるじゃないですか?原田さん……でしたっけ?信用できそうですけど、一応……」
「だからって俺を巻き込むな!」
そういうと、ガキの目がスっと冷たくなる。
「さっき、殺されるんじゃないかって言うほど怖かったんだけどなぁ……」
ポツリを呟く。
「私の服も泥だらけだし、原田さんに証言してもらったら暴行ってことで瀬戸さん捕まっちゃいますよ」
「そうですよ、瀬戸さん。暴力はいけません」
前から友人だったかのように、俺を貶めることに息があうガキとデブ。あぁ!
「ふざけん……」
声を荒げようと思ったが、何故かガキが切なそうな目をしていることに気付いた。
「なんか……この夏は、瀬戸さんに会って、友達と仲直りして、ストーカーでドキドキして、色々あって楽しくなりそうで、もっと思い出が出来たらな……って思うんです」
ガキの思い出作りに、なぜ俺が参加しなきゃいけないのか……と思ったが、時折こいつが見せる切羽詰まった表情を見ると、あろうことか俺は何も言えなくなる。何でこんなことに切羽詰まるのか?
ただ、おそらく何を言っても聞かないだろうな、とも思う。ガキとの付き合いは短いが、この手のことは絶対折れないことを感覚として知っていた。
そうして、俺はかなり嫌々と次の日曜にガキの写生会に立ち会うことを承諾させられた。
「それなら!画材を揃えてきますね!」
と、デブ改め原田は、画材屋へ飛んで行った。あわただしい奴だ。


原田が去った後、何となくガキを見てみると、ガキも俺のことを見上げていた。
「な、なんだよ?」
思わず動揺してしまった。
「今回、原田さんをおびき出す作戦は瀬戸さんが考えたんですよね」
「あぁ」
「私に暴力を振るうように見せかけて、ストーカーをおびき寄せるって作戦ですよね?」
「……あぁ、だから何だよ?」
「下手したら、ストーカーが止めに来た場合、武器を持ってたら……たとえばナイフとか持ってたら、瀬戸さん、殺されていたかもしれませんよ?」
ガキに言われて、その可能性に初めて気が付く。危ねぇ。ストーカーをおびき寄せて俺が殺される、確かに可能性はあった、というよりその可能性が高い。
「はぁ」
今日何度目かのため息をガキがつく。
「瀬戸さん、意外と無謀ですね」
俺を貶めることを言っている割に、ガキの顔は何故か暖かい。


「サワダ リリス、です」
「あ?」
「沢田 莉々朱です。私の名前。まだ言ってませんでしたよね。いつまでも『ガキ』呼ばわりは嫌だったので、一応教えておきます」
ガキは神妙に俺に名前を告げた。
喧騒と離れた、暗い裏通り。あたりは静かで俺たちが黙るとその静かな暗闇が濃くなるようだった。


「っふ」
ダメだ。
「あっはははは!リリスって!おいおい!お前の名前、キラキラしてんなぁ!」
俺は笑いを堪えることができなかった。
「笑いましたね!?私の名前!?あー!だから、言いたくなかったのに!!」
「あっはははは!!」
「もうちょっと黙ってください!!」
スタスタとガキが大通りに向かう。
「おい、待てよ。リリス
「もう!面白がって呼ばないで下さい!ほら!帰りますよ!」
「あっははは」
大通りに戻るとやはり五月蠅い街中だったが、何故か今はちっとも気にならなかった。


つづく

ガキと俺⑥ - こんにゃくライトセイバー

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ここ数日でキラキラネームに詳しくなりました。ご要望ありましたら、お声かけください。