こんにゃくライトセイバー

あさおきて ひるねして よるねた

ガキと俺⑥

また上げてしまいます。
でも、考えようによっては、今まさに黒歴史が誕生しようとしている貴重な瞬間に、みなさん立ち会っているわけですよ!
と、言ってみますが、どう言い訳しても恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

ガキと俺① - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺② - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺③ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺④ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑤ - こんにゃくライトセイバー

 

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休日の過ごし方は人それぞれだと思う。
例えば昼まで寝てみたり、例えば家でゆっくりと本を読んでみたり。運動したり勉強したりする酔狂なやつもいるかもしれない。
そいつらの共通点は、みな自由に休みを謳歌していることだろう。
やりたいことを、やりたいように出来る。それが休日だ。


しかし、今日が日曜日であるにもかかわらず、俺だけは自由を謳歌できていない。
何故か俺は、ガキ-沢田リリスと名前を聞いたが、ガキはガキのままで呼んでいる。何より名前がこっぱずかしい-を、上野駅前で待っている。ガキをモデルとしたスケッチに俺が立ち会う羽目になったからだ。


あのストーカー騒ぎの後、俺たちはすぐに解散した。ガキは自分がモデルになることに浮かれ、原田は憧れの対象をモデルに出来ることに浮かれ、あろうことか『いつ、どこで』スケッチするのかを決めていなかった。連絡先を交換している素振りもない。恐らくこいつらは二度と東京で出会うことは無いだろう。
「こいつら、馬鹿だなぁ。でもこのままにしておけば、俺は立ち会わなくて済む」と内心ほくそえんでいた。
が、翌日マクドナルドに顔を出すと、いつもの席にガキと、ちゃっかり原田が座っていた。
「何でお前がいる?」
俺は敵意をめいいっぱい込めた視線で睨んでやる。
「いやぁ、昨日はお世話になりました。そういえば昨日、スケッチの場所をお伝えしていなかったな、と思い出しまして」
原田は俺の視線を気にすることなく、福々しい腹を撫でながら言う。っち、覚えていたか。よくよく考えれば、こいつはストーカーまがいのことをしていたから、俺たちの場所もすぐに分かるのか……。
「瀬戸さん、今度の日曜日は暇ですか?どうせ暇ですよね」
ガキが勝手に俺のスケジュールを決めてくる。確かにこれといった予定はないが。
「原田さんの学校が上野にあるそうなんです。そこでスケッチをして、帰りに黒船亭でハンバーグを食べて帰りましょうってお話してたんです」
「あそこのハンバーグは絶品ですよ。是非行きましょう!」
こいつら、いつの間にか仲が良くなってやがる。面倒なことだ。
「なんで、俺が飯まで付き合わなきゃならない」
「だって瀬戸さんが来ないと、誰がお金払うんですか?私はまだ中学生でお小遣いもないし」
「僕も貧乏学生なもんで……」
原田がガキの言葉尻に乗っかって流れるようにたたみかけてくる。厚かましいことこの上ない。もはや抵抗する気力もなくなる。


「それじゃ、今度の日曜日に学校で宜しくお願いします。僕は先にアトリエに入って準備しておきますので、お二人一緒に来てください。守衛さんには話をしておきます」
原田は終始嬉しそうに言う。
「あ、時間はそうですね……。朝の光をスケッチの中に取り込みたいので、朝七時に学校にお願いします」
「分かりました」
「はえーよ!嫌だ!」
俺の意見はあっさりと無視された。


そういったわけで、俺はわざわざ日曜日の朝っぱらから上野くんだり来てしまった。
確かに俺の休日は、朝早めの起床だ。何故ならパチンコの開店待ちをするからだ。朝から並び、開店と同時に台を厳選して、後はひたすら打つ。選んだ台が回転すると「あぁ俺、生きているなぁ」と生を実感できるものだ。
こうやってガキを待っている間にも、いつもの親父たちがパチンコ屋の前で並んでいるだろうことを考えるとソワソワしてくる。あの騒々しい店内の音が既に恋しい。もう良いんじゃないか?上野までは来たんだし、体調が悪くなったことにして帰ってしまえば……。そうだ!仮病を使えばいいんだ!なぜ思いつかなかったのか?
俺はさっき出たばかりの改札に戻ろうと振り向いたタイミングで、ガキが改札から出てくるのを見つけてしまった。ガキも俺を見つけたのだろう、まっすぐこちらに向かってくる。
今日のガキは珍しくスカートを履いている。いつもデニムやチノなど色気のない恰好をすることが多いのだが、これは今日の画家である原田の指定だった。ヒラヒラした格好で俺の前にガキが立ち、にっこりと言う。
「今、瀬戸さん帰ろうとしてましたね」
バレている。
「まぁ仮病を使ってことなかったことだけは褒めてあげます」
バレている。
「さぁ!行きましょう!」
ガキが俺の腕を取る。もうここまで来て逃げるわけにもいかなかった。俺は休日が台無しになることを覚悟した。


駅から上野公園を抜けた先に原田の通う美大がある。駅から大学までは何気に遠い。
「瀬戸さん、日曜だっていうのに予定がないなんて悲しいですね」
勝手に俺の予定を決めておいて、ふざけたことをガキは言う。
「お前だって、夏休みのくせに友達と遊ばないなんて暗いな」
「わ、私は友達、大勢いますよ!」
この反応は、おそらく友達も少ないのだろう。っふ。お前も俺と同じか。
「ただですね」ガキは急に真面目くさった顔になって付け加える「今年の夏はちょっと違うことがしたいなぁって思っただけなんです。しかも絵に残してもらえるって、私が望んでたことそのものなんですよ」
ガキは夏の空を見つめながら言う。なんとなく俺は何か言わなきゃいけない気持ちになったが、夏の暑さのせいかすぐに言おうとしていたことを忘れた。いや、言うべき言葉なんてなかったのかもしれない。


十五分程歩いてようやく、大学に着いた。そのころには俺のシャツは汗でべとつき、ガキの額には汗で前髪が張り付いていた。
守衛に来校の目的を告げると、あっさりと通されたが、校内が広すぎて原田の待つアトリエがどこにあるのか分からない。
俺はこの前、交換しておいた原田の携帯に電話をかけてみる。プッという音ともにあいつの電話につながる。
「はい、はら」
「お前、俺たちを読んでおいて出迎えなしか?三秒で校門まで来い」
原田の返答を待たずに、電話を切る。
「瀬戸さん、相変わらず偉そうですねぇ」
ガキがニヤニヤと笑う。
無視して校門を通る学生を眺める。美大だから奇抜な格好をしている奴が多いかと考えていたが至って普通だ。最近の若い奴らだからか-そうはいっても、俺も大学を卒業してから三年しか経っていないので、そうは年齢が変わらないはずだが-、顔の彫が深く、みな一様に美男美女だった。こんな環境にあのクマみたいな原田がいるのかと思うと、不憫な気持ちになる。
「瀬戸さん、学生さんを見る目が嫌らしいですよ」
ガキがたしなめてくる。うるさい。
「お前も、ここの学生みたいに綺麗になれればなぁ」
「そうですね、皆さんお綺麗ですよね。瀬戸さん、こんなところに立っていると悪い意味で目立ちますね」
俺が原田に思っていたことを、ガキは俺に思っていやがった。
そんな不毛な会話をしていると、ドスドスと巨漢の男がこちらに走ってくるのが見えた。
「お待たせしました。申し訳ございません、門でお待ちしようと思ってたんですが、準備に手間取りまして……」
ハァハァと荒い息を上げ、校内を歩いてきただけのはずなのに、すでにTシャツが汗でぬれている。これまでの落ち着いた美男美女と比べ、コントラストが激しい。少しだけこいつに優しくしてやろうかという殊勝な気持ちになった。


原田に案内されて着いたアトリエは、なかなか洒落た作りになっていた。
「へぇ!素敵!」ガキが目を輝かせる。
教室を改造したのか、中央にモデルが立つためだろう台があり、それ以外の床はウッドデッキ風の木製だった。壁も床に合わせたのか、木の板で作られている。
レトロな時計が何故か低い位置にかけられているのはデザインか?
「学生たちで教室を改造したんです。時計はかける場所がなくなってしまって、低いところにつける羽目になっちゃったんですよ」
何となく時計を眺めていた俺に原田が笑いながら説明を加えてくれる。


「さっそく」と原田がガキにポーズの指示を出し、スケッチに入った。シャーシャーと柔らかい鉛筆の音だけが静かに教室を満たす。大きめな窓からは朝の光が差し込む。ガキは遠くを見るように、バレリーナのようなポーズをとっている。もしかしたら、これはこれで良い休日なのかもしれないと俺はぼんやりと思った。
が、五分、十分、十五分と経つとあくびも出てくる、三十分も経った頃には俺はすっかり飽きていた。ガキはモデルになり切っているのか全く喋らない。
「なぁ、これどのくらいで終わるのか?」
「……そうですね、夕方には」
こちらを振り向きもせずに原田が答える。こんな暇なことを夕方まで!
「原田ってどこ住んでんだ?上野って微妙に来にくい場所だよなぁ」
「……僕は、常磐線で一本なので」
常磐線!あの激混みする電車だよな。大変だよなぁ。大学の近くに引っ越して来れば?この辺、賃貸だと安いんじゃない?」
くるりと原田が振り向く。
「瀬戸さん、すいません。集中したいんで黙ってて下さい」
ようやくこっちを向いたと思ったら、これだ。さっきの原田に優しくしてやろうと思っていた気持ちは途端に消えた。
「ダメだ!ヒマすぎる!俺、ちょっと散歩してくるわ」
「どうぞー」
ガキと原田が同時に、それも無関心に応える。俺、今日来なくて良かったんじゃないか?


アトリエの外に出ると、夏の日差しがきつい。セミの鳴き声がうるさいほどだった。俺はアイスコーヒーでも飲むかと学食を探してみることにした。
が、場所が分からない。アトリエに戻って原田に聞くのも癪だし、面倒だと思っていると、丁度良いところに校内図があった。
学食……学食……と探していた時だ。
「あの」
後ろから、か細い女の声が聞こえた。俺は振り向くと、その女はまっすぐと俺を見ていた。そしてこの女が「この学校は顔採用なのか?」と思うほどの美人だった。鼻筋が通り、目は大きく少し釣っているところがエキゾチックな雰囲気を醸し出している。
「は、原田さんのアトリエから出てきた方ですよね?」
そうエキゾチック美人に話しかけられた。


つづく

ガキと俺⑦ - こんにゃくライトセイバー


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