こんにゃくライトセイバー

あさおきて ひるねして よるねた

ガキと俺⑧

今日色々やろうと思ってたのに、長文書いて遊んじゃった……。

よし!寝よう!!

 

ガキと俺① - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺② - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺③ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺④ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑤ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑥ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑦ - こんにゃくライトセイバー


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夜明けに尿意で目を覚まし、用を足してベッドに戻ると時計の針が朝の5時を指していた、という経験は誰にでもあるだろう。二度寝すれば確実に会社に遅刻する時間だ。そんな時は気まぐれにベランダに出てみる。それが八月も末であれば、想像以上に冷やりとした空気に驚くだろう。日中の暑さが嘘のようだ。そうして、確実に季節が変わろうとしていることに気が付く。
セミの鳴き声が聞こえない早朝に、夏の終わりを知る。


そんな時期だったが、俺やガキは相も変わらず夜中にマクドナルドで落ち合い、下らないことを喋る日々を続けていた。
いや、まったく変わっていないわけではないか。俺たちのバカ話にいつのまにか原田も毎日参加するようになり、原田が来るならと嶋もと来るようになっていた。何なんだ?お前ら?
「いや、どうせ帰り道ですし、夜は暇なもので」
と原田が屈託なく笑う。お前、デブのくせに毎日マクドナルドで喰ってるから、余計に腹が出てるようになってるぞ。
「かぁ!瀬戸さん!分かってない!原田さんの魅力は外見じゃないんですよ!」
嶋が本気で俺を責める。お前、いつの間に原田と良い仲になってるんだ?
「まぁまぁ、瀬戸さんは私を独り占めできなくて悔しいんです。お二人とも許してあげてください」
いつものように、ガキは生意気なことを言っている。


正直に言おう。
少しだけ、本当に少しだけ、もしかしたら気のせいかもしれないが、俺はこんな生活を楽しいと思い始めていた。
会社から帰る電車が少し楽しみになっている。そういえば、ガキが面白いと言っていた小説が糞つまらなかったと言ってやろう、プリプリ怒るだろうなと電車の中で思っていると、前に立っている女が怪訝な顔でこちらを見ていることに気が付く。どうやら俺はニヤついていたらしい。そんな自分に少し驚く。
思えば人と飯を喰うなんて、自分がガキの頃以来してこなかったし、面倒だと思っていた。人の食事ペースに合わせるのが嫌いだった。人の詰まらない話を聞きながら飯を喰うぐらいなら、スマホで2ちゃんでも見てる方がマシだと思っていた。でも、何となくこいつらとなら飯を喰っても良いかなと思い始めている自分がいる。
毎日マクドナルドで飯を喰うっていうのは、俺たちの栄養上、問題がありそうな気もする。ただ、誰も違うところに行こうと言い出すことは無かった。
恐らくみんな同じことを考えているのだろう。
今は奇跡的な何かで成り立っていて、少しでも何を変えてしまえば、この関係性も崩れてしまうだろうと。


しかし変化しないものなんて無い。変化はもう一人のガキがマクドナルドに入ってくるところから始まった。


いつもは原田と嶋、俺、ガキの順でマクドナルドに陣取る。しかし、その日は原田と嶋から律儀にも遅れるという連絡が入っていたので、俺だけが席に座り、冷めたポテトをちびちびと喰いながら、店内をぼぅっと眺めていた。
一人、学生服の男が入店してきた。今は夏休みのはずなのにブレザーを着こんでいる姿は暑苦しく感じそうなものだが、そいつの涼しげな顔立ちが帳消しにしていた。美形というやつだ。糞忌々しい。
そいつはレジで注文することなく、テーブルスペースに入り込んできた。誰かと待ち合わせなのだろうと目で追っていると、そのままズンズンと音が鳴るように俺の座る席に向かってくる。眼差しは真っ直ぐと俺を見ていた。
近づくと、その男……ガキと言ってもいい年齢だと分かる。大人っぽい仕草や顔立ちから、高校生のようにも見えるが、胸元につく胸章を見れば中学生だと分かる。
なぜ俺が、中学校の胸章が分かるか?
……ガキと同じ胸章だからだ。
そいつが敵意を持った眼差しで俺を見ている。数秒後に確実に面倒に巻き込まれるだろうことを覚悟し、そいつが俺の前に立つ前に少しだけコーヒーを口に含んでおく。


やはりそいつは俺の前で止まり、立ったまま座る俺を見下ろす形で宣戦布告をしてきた。
「始めまして。僕は沢田さんの同級生で田辺公平と言います。単刀直入に言います。沢田さんに関わるのを止めてください」
いくつか想定していた面倒の中で、最も可能性がありそうで、最も面倒そうなものが当たりやがった。
とりあえず、大人として回答してやる。
「えっと、田辺って言ったな。別に俺はガキ……、沢田にここに来るように強要はしてないよ」
出来るだけ冷静に答えてやる。
俺は恐れていた。
恐らくこいつは変化だ。こいつと俺が話しているところを沢田が見たら、変化がやってきたことに気が付いたら、今まで通りの関係性ではなくなってしまうのではないか?俺はそれを恐れていた。だから俺が俺の希望を叶えるための手段として、こいつを冷静に言いくるめ、納得させ、沢田が、できれば原田も嶋も来ないうちにお帰りいただくことを考えていた。
この変化をなかったことにしたい。自分がこの小さな集まりにここまで執着していたことを知り、少し動揺する。
しかし動揺している暇もない。まずはこいつから情報を引き出す。
「とりあえず座りなよ」と促してやると、以外にも田辺は律儀に席に着いた。
一刻も早く帰ってほしいところだが、仕方がない。


「少し質問させてもらう。なぜ、沢田がここに来てはいけない?」
田辺に投げかけてみる。
「中学2年生が大人と遊ぶことに自体、問題があると思いますが?」
「別に俺一人じゃない。今はこの集まりに女もいる」
嶋の存在がこんな時、便利に使えるとは思っていなかった。
「その方も成人の方ですよね?やはりまともな関係ではないと思います」
「まともな関係かどうかは沢田が判断するものだし、お前が勝手に決めるものではないと思う。ただ、おそらくお前はその持論を折らないだろうな」
「はい」
真っ直ぐと答えてくる。
「俺たちは前からここで飯を喰っていた。なぜ今になって来る?」
田辺がグッと目に力を込める。
「沢田さんから聞いていますか?」
「何を?」
「二学期から東京を離れることを」
驚きはあった。交渉中にやってはいけないこと、俺は間抜けにも驚きを顔面で表現してしまっていただろう。
だが、心のどこかで納得もしていた。
恐らくガキはここに留まらないだろうことに。あいつが時たま見せる寂しげな表情にむしろ理由がついたことに納得してしまっていた。


田辺が続ける。
「沢田さんは僕たちのクラスの中心人物です。休み時間になれば男も女も彼女の席の近くに集まる。みんな彼女を慕っているんです」
「あいつの人気と、東京を離れることととの関係が見えない」
「僕たちの学校は進学校だから、夏休みも夏期講習があります。始めのうちは沢田さんも参加していました。ただ、ここ最近は全く参加していません。クラスメイトとして彼女が出発する前になるべくたくさん思い出を作っておこうと思っていたのに、です」
思い出か……。だが、
「理由はそれだけじゃないだろう?」
「……僕は沢田さんと付き合っています」
やはり。みんなの思い出だけで動く男なんて世の中にはいないと思って間違いない。男が動くときはいつだって利己的だ。
「引っ越すと聞いて、ずっと憧れていたことを打ち明けました。つき合ってほしいとも。それでOKの返事をもらったのに……彼女と連絡が取れなくなってしまったんです」
「それで街中で見かけたか、下手したらあいつの家から着いてきたかしたら、ここで俺たちと飯を喰ってるのを発見した、ということか」
「迷惑なんです!こういうの止めてください!」
田辺が叫ぶ。
これでこいつの言い分の理由が分かった。これを元にどうしたら良いものかと、ふと目線を外すと、この話し合いの場が終わることに気が付いた。最悪の形で。


沢田がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
彼氏がいることにも気づいているはずだが、その歩みは真っ直ぐとこちらに向かって止まらない。だが、その表情は無表情だった。
足音で気づいたのだろう。田辺が振り向き沢田が目の前にいることを認めた。
「……沢田さん、久しぶり」
「田辺くん……。ごめん、今日は帰って」
ガキがうつむきながら、苦いものを噛むように言葉を押し出す。
「沢田さん、どうして?」
「お願い。お願いします。今日は帰ってください。ごめんなさい」
沢田が頭を深々と下げている。こいつが謝るところを初めて見た。恐らく田辺も同様だったのだろう。
田辺は席を立つと「また今度連絡する」と通りすがりに沢田にしゃべりかけ、去って行った。


沢田はさっきまで田辺が座っていた席に腰をかける。悪戯がばれた子供のようにペロッと舌を出し
「聞いちゃいましたか?」と笑いかけてくる。いつもの沢田だった。
「お前、田辺にちゃんと連絡を取ってやれよ」一応、年長者らしいことを言ってやる。
「あーあ、瀬戸さんには、ばれないようにしたかったんだけどなぁ。急にいなくなって驚かせてやろうと思ったのに。そして瀬戸さんの思い出の中で永久に私を残そうと思ってたのに」
恐ろしいことを考える奴だ。
「でも、ここまで聞いたんですし、全部聞いてみますか?私の話」
俺は無言で話の続きを促す。沢田は少しだけ目線を外した。何を話したらいいのか考えているようだった。


「理由は単純で、ありがちな話です。両親の離婚です。ただ普通と少し違うのが、私の場合は父も母も私を養育したくないみたいなんです」
あっけらかんと、まるで笑い話のように沢田が話す。
「離婚する話を父、母と別々に聞きました。ただ、彼らが言うことは同じでした。父は『年頃の娘はお母さんと一緒にいたほうが良いだろう。母さんに着いていきなさい』と。母は『私の大事なリリスちゃん。離れ離れになるのはとっても辛いけれど、お父さんの方が経済力があるわ。お父さんに着いていきなさい』と言われました」
つまり、こいつは父親からも母親からも拒否された……ということか。
「私の両親、本当に自分のことしか考えていない点で、二人とも同じでした。自分の幸せだけが大事。だからお互いに見てくれの良い、連れて歩いて見栄えがする伴侶を選んだんでしょうね。でも、連れて歩くのに子供はいらなかった」
淡々と話す。
「莉々朱。リリス
自分の名前を唐突に言う。
リリスって知っていますか?ユダヤ教で『夜の魔女』とうい意味です。男児を害する魔女、サタンの妻の名前です。名づけの時に特に何も考えなかったのでしょうね。お洒落な音の響きだけ決めている。子供に呪いの名前をつけてるんですよ、信じられないですよね。私はこの名前を持つ以上、どこまでも呪われているんです」
いつものように、それでも痛々しく沢田が笑う。
「……だから、私は私の名前を、私自身を好きになれないんです」
ポツリを言葉を落とす。


「そんな私なんですが、演技は女優並みなんですよ!クラスメイトの前ではいつだって明るく振る舞っています。そうしたら人気者になっちゃったんですが……。正直、根が暗いのでみんなから好かれることが重たかったんです。一人になりたいって思っちゃったんです。そんな時に瀬戸さんと会ったんですよ。瀬戸さん、私のことを邪険にあつかってくれるので楽でした」
最初は本当に邪魔なだけだったんだがな。
「田辺君には悪いことをしました。私、田辺君を利用したんです。男の子が色々言い寄ってくるから、面倒になって、もう誰かと付き合ったことにしちゃおうと。それで、覚えていますか?初めて瀬戸さんに会った時の占いの話。『私の好きな人は田辺君』って女の子に噂を流したんです。女の子同士の噂なんてすぐに漏れるもの。すぐに田辺君本人まで届いて、彼から私に告白をしてくれました」
「お前がクラスの奴らを操作したってことか」
「人気者の私なら造作もありません。笑いながら『言わないでぇ』って女の子に言っておけば、おせっかいな誰かが勝手に噂を田辺君に伝えてくれます」
末恐ろしい奴だ。
「正直、クラスメイトとかどうでも良いって思ってました。自分以外の人間に興味がなかった。だから、見た目も悪くない田辺君を利用しました。でも」
沢田が話を区切る。
「結局私がやっていることは両親を変わりがありませんでした。見た目で適当に人を選ぶ……。瀬戸さんや原田さん、嶋さんとここで会うようになって、楽しくって。自分にとって大切な場所が出来ると、今まで自分がしてきたことが醜く思えてきてしまっています。田辺君には謝りたいけど、謝り方が分からなくて……。謝ることでより傷つけてしまいそうで……」
だから、クラスメイトから田辺から逃げた……と。そういうことか。


「あ、こんな話じゃなかったですね!私が東京を離れる理由。まぁ両親と一緒に暮らすのも嫌だなって祖母のところに行くことにしたんです。祖母も私に興味がないみたいなんですけどね。お金持ちらしくて、別にかまわないと。自分の孫がプラプラしているのが見っともなかったんだと思います」
俺はようやく口を開く。
「婆さんはどこに?」
俺もこんなことしか聞けないし、言えない。ほとほと自分が嫌になる。そんな俺を許すように沢田は優しく教えてくれる。
「ビックリしますよぉ。イギリスです。日英同盟のころからイギリスに土地を持っているって言う嘘みたいな祖母なんですよ」
ケラケラと笑う。
「いつ?」遮るように効く。
「五日後、八月三十一日に出発します」
響く様に沢田が答える。
「だから……そろそろ、さよならなんです。瀬戸さん」
瀬戸が淡々と俺に告げる。
何か言わないといけない。こいつに何か伝えないといけない、それは分かっているのだが俺の貧相な頭では何も出てこなかった。
そうしているうちに、原田と嶋がやってきた。沢田は何もなかったように、いつもの通りバカな話を繰り広げる。さっきまでの話を塗りつぶすように。
だが、俺はこの時の話を何も覚えていない。何も頭に入ってこなかった。


家に帰って風呂に入り、寝て起きて、糞をし、飯を喰って、仕事をしても、俺は沢田に何を話してやれるか考えていた。
ぼんやりとしていたのだろう、俺はこの日久しぶりに仕事で大きなミスをしでかし、後輩の佐々木に迷惑をかけたが、逆に「先輩、大丈夫ですか?顔色悪いですよ?」と気遣われてしまった。
何時から俺はこんなにも弱くなってしまったのだろう。たかが見知らぬガキの一人のことで。たかが二ヶ月程度の付き合いのくせに。
何をしても集中できず、俺は久しぶりに禁煙の禁を破っていた。喫煙所で久しぶりに煙を揺らす。不味いが、この息苦しさが今はちょうど良いようにも感じる。
ふと、スマートフォンを見るとLEDが点滅していることに気が付いた。メールが来ていたらしい。開くと沢田からのメールだった。
件名は「瀬戸さん、ありがとうございました」だった。


つづく
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