こんにゃくライトセイバー

あさおきて ひるねして よるねた

ガキと俺⑨(終)

えっと、長々とご迷惑をおかけしましたが、これで終わります!
本当にすいませんでした!!


でも、や~終わった!終わったぞ!!僕の文化祭が終わった!!!
明日、まとめというか感想として「naver<自分まとめ>」を最後にやりたいと思いますが、まずは飲みに行こうと思います!
もー今日も半日かかった。何してんだ?自分?

 

ガキと俺① - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺② - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺③ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺④ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑤ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑥ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑦ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑧ - こんにゃくライトセイバー


あと、もし奇跡的に読んでくれてる方がいらっしゃいましたら、本当にありがとうございました。

それでは、また明日!

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件名は「瀬戸さん、ありがとうございました」だった。
俺は咥えていた煙草を揉み消し、喫煙所の外に出ると、一つ大きく息を吐いた。件名でわかる。明らかに悪い知らせだ。
スマートフォンを手に持ったまま自席に戻り、また一つ大きく息を吸って吐いて、ようやくメールを開いた。


瀬戸さん、ありがとうございました。


昨日お話した通り、私はいつだって人を好きになれず、自分すらも好きになれず、心の中で何もかもを呪って生きてきました。
物はすべて消えてなくなれば良い。人はすべて死ねば良い。そう思っていました。
初めて私たちがお会いした日を、瀬戸さんは覚えているでしょうか?
私は覚えています。まるで鏡を見ているようでした。
暗い目。人を拒絶する言動。粗暴な態度。
私が必死になって隠しているものを、そのまま外に出している大人がいる。もう一人の私が目の前にいる!
その発見の驚きと喜びは、瀬戸さんにも分からないと思います。
自分以外が宇宙人に見える世界で、初めて自分と同じ種類の人間を見つけることが出来た喜びを。


一つ誤算があったとすれば、意外に瀬戸さんがお人よしだったこと。困ってる人を放っておけない人だったこと。
たった一ヶ月なのに、原田さんを嶋さんを、そして私を、ぶーぶー言いながら救ってくれました。
そして、瀬戸さん自身も変わっていることにお気づきでしょうか?
私が惹かれた、かつての暗い目はいつの間にか消えていました。
今はただ口の悪い、そしてお人よしで誰よりも愛おしい大人が私の目の前にいるだけです。
そうやって変わっていく瀬戸さんを見ていると、こんな私でももしかしたら変われるかもしれない……と、夢を見てしまいました。それはとても心地良い夢でした。いつしか私も瀬戸さんのような大人になりたいって思っていたのです。

この一ヶ月、原田さん、嶋さん、瀬戸さんにお会いできて本当に楽しかった。16年間生きてきて、初めて楽しいと思うことが出来たように思います。
でも、楽しい思い出が未来をより辛くするのも、また事実です。
楽しかった日曜日のあとの月曜日と同じですね。
だから、私は日曜日をもう終わらせることにします。これ以上の楽しい思い出を抱えて、これから先の未来を生きていける自信がないんです。
こんな形でしかお別れを言うことが出来ない、臆病な私を許しくてください。
そして最高の感謝を瀬戸さんに。


P.S.
ただ、このままお別れするのもあまりに寂しいので、一つだけ私に希望を持たせてください。
20時まで新宿の片隅で東京タワーを見て待っています。もしお会い出来たなら。


沢田 莉々朱

 

メールはこう締めくくられていた。時刻を確認すると、16時を15分ほど過ぎていた。
一気に血の気が引いていくのを感じる。その時の俺の顔は相当酷いものだったのだろう。
「瀬戸さん……?大丈夫ですか?」
佐々木が心配そうに声をかけてきた。しかし、何か答えようとしても、口が動かない。
動揺が佐々木に伝わったのだろう。俺の目を数秒ジッと見つめ「瀬戸さん、今日は帰ってください」と言った。
……俺は今から外に出て何をすれば良いのか?
「良いから!早く!行ってください!」
行って何をすれば良い……?
佐々木は俺から視線を逸らさない。どこまでも真っ直ぐ俺を見据えている。佐々木の瞳に映る俺が、俺に問いかける。
「このままで良いのか?」
……良いわけが、ない!


俺は急いで財布とスマートフォンをポケットにしまい込み、ばね細工の玩具のように立ち上がった。
「佐々木、すまない。瀬戸は尋常じゃない腹痛のため、帰宅しますと課長に伝えておいてくれ」
佐々木は無言で微笑み、人差し指と親指で丸を作ったのを横目で見ながら、俺は会社の外に飛び出た。
会社の外に出ると、湿気を含んだ熱気が体を包み込む。早くもシャツの背中が濡れていくのを感じる。
正直、このまま運よく沢田に会えたとしても、俺はあいつに何を言ってやれるのか分からない。あいつの言うとおり、別れを辛くするだけなのかもしれない。
それでも!
今は何も伝えられないことを、あいつに伝えたい。伝えられなくても、目の前に立ってやりたい。一人じゃないんだと手を差し伸ばしてやりたい。


沢田に電話を掛けてみる。無機質な声で電源が入れられていないことが告げられる。やはり、携帯電話の電源を切っているらしい。
これからどうしたら良い?自力で探し出すしかない。
あいつは「20時まで」「新宿で」「東京タワーを見ている」とヒントをくれた。
新宿から東京タワーを見るには、それなりの高層ビルに登る必要がある。
しかし、だ。
新宿にある高層ビルは俺が知るだけで、都庁、住友ビル、パークタワー、センタービル……。おそらく西口に建つほぼ全てのビルから東京タワーを見ることは可能だろう。
時計を確認する。16時38分。20時まで残り3時間22分。全てを一人で回るには時間が足りない。
俺は再び携帯電話を手に取り原田の番号を呼び出す。「はい!」と、今度は待っていたかのようにすぐに出た。
原田にこれまでの経緯を手短に伝えた。電話の先で原田が唾を飲み込む音が聞こえてくる。
「……分かりました。嶋さんも連れてすぐに新宿へ向かいます」
即答してくれた。手放しの善意に、柄にもなく目頭が熱くなる。
「よろしく、頼む」とだけ答え、通話を切る。


そうして、ようやく俺は新宿行きの電車に乗ることができた。16時51分。
社内は空いていたが、気持ちが落ち着かず座っては立ち、立っては座ってを繰り返していた。他の乗客からは怪訝な目で見られるが全く気にならない。
「落ち着け」と、自分に言い聞かせる。
気を間際らせるために新宿の地図をスマートフォンで呼び出してみる。手が震え、上手く操作できなかったが、ようやく求める結果が表示することが出来た。新宿にはアホみたいな数のビルが建っている。これだけが分かった。精神衛生上、見なければ良かったと思う。
なぜ俺はこんなにも焦っているのだろう?たかだか一ヶ月程度の、それもそれほど仲が良かったわけではない。むしろ邪険に扱ってきていたはずなのに。自分でも自分が分からなくなってきていた。ただ、「俺は焦っている」ということだけを認識して、ようやく電車が新宿駅に辿り着いた。17時11分。いつの間にか残り3時間を切っていた。


原田と嶋には見回ってほしい高層ビルを上げだして連絡をしておいた。残りのビルは俺が見て回る。心許ないローラー作戦だが、いま俺たちに出来ることはこのくらいしかない。東口にも西口程ではないにしろ高層ビルはある。あいつが東口にいたとしたら、その時点で最早アウトだ。しかし残り時間を考えれば東口に人を割く余裕はない。だから、これは賭けであり願いだ。……西口にいてくれ!と願う。


俺はまずは都庁に向かった。都庁の展望室からも当然、東京タワーは眺めることはできる。新宿での東京観光ではもっともスタンダードな場所だ。その分、観光客も多い。
焦れながらもエレベーター待ちの列に並ぶ。皆一様に能天気な顔をしているのが今は恨めしい。1分……2分……3分……。ようやくエレベーターの目の前まで来る。恐らく5分も並んでいなかったはずだが、俺はこの列に並ぶ間、立ちながら体を揺らし、舌打ちを何回したかも覚えていない。エレベーターに乗り込むと、高層階へ上昇するとき特有の胸がすくい上げられるような違和感を感じる。今日は何回これを感じることになるんだろうか?
展望フロアに着くと俺は真っ先に飛び出した。職員が「室内は走らないでください」と注意する声が聞こえるが、構っていられない。
窓を見ながら、東京タワーを探す。あった。都庁から東南の方向に、あの見慣れた赤い巨人の姿が見えた。東京タワーはやはり人気らしく、東南側を見渡せる窓の周りには人だかりができていた。
が、沢田の、あの小さい見慣れた姿を探し出すことは出来なかった。あいつはこれと似たような景色をどこで見ているのだろうか?何を考えているのだろうか?なぜ東京タワーを見ているのか?様々な疑問が頭の中をよぎるが、それ以上にタイムリミットが迫る焦りが俺を押し流す。ちらりと時計を確認すると、17時39分。
俺は急いで下りのエレベーターに向かった。


次のビル、パークタワーに向かう道すがら原田から着信が入る。
「三井住友ビルにはいなかった」との報告だった。俺は礼を言い、次に見回ってほしいビルを指定する。
汗が吹き出すのは炎天下の中を走っているせいか、冷や汗なのか。スラックスが足にまとわりつく。喉がカラカラに乾く。だが、止まって休む時間はもう無い。俺は限りなく全速力に近いスピードで、交差点を渡り、パークタワーの中に入りこんだ。室内は心地よくクーラーが効いているが、一向に汗が引く気配がない。俺は締めていたネクタイを外し、ごみ箱の中にぶち込んだ。ジャケットは会社に忘れてきたが、置いてきたのは正解だった。買ったばかりのジャケットを捨てる羽目にならずに済んだ。
パークタワーの展望室に上り、東南側の窓に向かう。空が少しずつ落ち始めていた。空の青が濃くなり、沈む太陽が町を赤く染める。強烈に美しい光景に、一瞬立ち止まってしまう。夏といえど、8月の終わりには夜の訪れが早くなることを実感する。しかし、やはりと言って良いのか沢田はいない。時計は18時1分。
登ったばかりの俺がすぐに下りのエレベーターに向かう姿が奇妙だったのであろう。怪訝な顔で職員が俺を見ていた。


走りながら、スマートフォンで次のビルを探し出す。俺はセンタービルへと向かうことにした。顎の先から汗が滴り落ちるの感じる。
四車線道路の反対側に巨体を揺らして走っている男がいた。原田だ。
俺のことに気が付いたのか、反対側で大きく手を振っている。俺も精一杯、手を振り替えし、3秒後にはお互いそれぞれに走り出していた。
あいつもこの暑い中走って探してくれていると思うと、感謝の気持ちで心が満たされる。
センタービルに辿り着き、展望室に登ると驚いた。さっきよりずっと空が濃くなっている。町には点々と灯りがともり始めている。半数以上の車がヘッドライトをつけていた。時計は18時29分。日没が過ぎたのだろう。
そして東京タワーが見える方角の窓には沢田はいなかった。


こうして俺たちは、新宿NSビルモノリスビル、エルタワー、ワシントンホテル、アイランドタワー、エムズポート、フロントタワー、アトラスタワーを見回った。19時02分。
道すがら、熱中症にでもかかったのか俺は道端で吐いた。
原田も嶋も息を切らせながら俺に「いない」と教えてくれる。
グリーンタワー、NTT、オークシティ、シティタワー、京王プラザホテル、グランドタワー、オペラシティ、ファーストウエスト、ハイアット、ヒルトン、野村ビル。19時32分。


「ちくしょう!」
俺は野村ビルの展望フロアで壁を蹴った。ガツンと室内に大きな音が響く。
子供と、その母親だろう女が俺のことを怯えた目で見ていたが、そいつらに気遣ってやれるほどの余裕は全くなかった。焦りと不安。
俺はこのまま沢田に会えなければ、また昔の俺に、あいつの言うところの暗い目をした男に戻ってしまいそうだった。事実、今このフロアで楽しそうに遊んでいる奴らを一人残らず、ぶちのめしたいと思っている。
「ちくしょう!」
俺はもう一度叫ぶ。さっきの親子はもうどこかに行ってしまっていた。
野村ビルから望む夜景は、きらびやかで美しかったが今の俺には鬱陶しいだけでしかない。
時計を見る。19時38分。残り22分。タイムリミットは目の前に迫っていた。
何だって"20時"までなんだ!沢田!!早すぎるだろう!!
この時だった。頭の中の一点で何かが繋がるのを、もしくは、何かが弾けるのを感じた。
……20時?
俺は口を手で押さえ、ウロウロと歩き回る。考えをまとめたい。進む時計が気になる。焦るな。でも時間が。落ち着け。止まっていて良いのか?落ち着け。考えろ。
俺はうつむき、外から入るすべての情報を遮断した。進む時計すらも。


……俺はゆっくりと頭を上げる。
……どれほど野村ビルにいたのだろう?それほど時間は経っていないはずだ。
落ち着いた動作でスマートフォンを取り出す。19時45分。電池は残り2%だった。俺は最後に一つだけ調べ物をすると充電が切れたのか、画面の灯りが消えた。どのみちこれが最後のチャンスになるだろう。
俺はエレベーターの下りボタンを押した。

 

俺が"そこ"に辿り着くと、受付の爺さんから「もう閉まる」と教えられた。腕時計で時間を確認すると、19時58分だった。もう閉まる時間だ。
「待合せだから」と伝えると、じゃあいい。その代り20時には出て行けと、入館料を負けてもらった。
中に入ると外から建物を見た感じより、思いのほか広い。会場の案内を確認し、俺は目当ての場所に向かった。
進みながら観察すると、窓もなく薄暗い。照明が半分消えかけている。スピーカーから聞こえるのは音が割れた蛍の光
そんな中、沢田は東京タワーの模型を何の感情も読み取れない表情で見ていた。
「よう」
俺は沢田に近づきながら、声をかける。ゆっくりと沢田が振り向く。
「……さすがですね。よくあのメールでここが分かりましたね」
店内には誰もいない。
「腹、減ったな。マックにでも行くか?」


外に出ると店内にいるよりも眩しいほど光を感じる。沢田は黙って俺の後ろを歩いている。もう逃げるつもりはないのだろう。
「……シャツ、びしょびしょですね。どれだけ走り回ったんですか?」
「さぁな」
俺は沢田の質問を無視する。そのくらいは良いだろう。
「あ!そうだ原田と嶋に連絡してやってくれ。あいつらも新宿中を走り回ってくれていたんだ。俺の携帯、電池が切れちまって電話できないから、お前が代わりに連絡してやってくれ」
そう言うと意外と素直に、沢田がポチポチとメールを打っていた。原田や嶋にはどういった言葉を贈るのだろうか?
沢田は歩きながらメールを打ち、俺はこいつが人とぶつからないように少し注意しながら前を歩いていた。ここからマクドナルドは近い。5分も歩くと、いつものマクドナルドに着いた。こんなに近くにこいつはいた。灯台下暗しとはこういうことを言うのだろう。
振り向くと、沢田は携帯をしまっていた。原田たちに連絡してくれたのだろう。
「座ってろ」と沢田には言い置き、俺はカウンターで適当に注文する。沢田まで辿り着くことは出来た。しかし、何と言えば良い?俺は今日一日中、走りながらずっと考えていたことを反芻する。結局、答が出る前にあいつを見つけたのだが。
考えが纏まる前に、二人分のハンバーガーセットを乗せたトレイが俺の前に出てきた。会計を済ませ、沢田の待ついつもの席へ向かった。


俺が座ると、沢田は心なしか弱々しげな目線のまま質問を投げかけてきた。
「さっきの質問の続きです。どうやってあの場所が分かったんですか?」
「ヒントは20時。この時間設定が早すぎると思ったんだ」
沢田が無言で俺の話の続きを促す。
「まず俺たちがいつもここ、マックで飯喰って帰るとき、20時なんて余裕で越していただろう?昨日の話では家族から帰りの時刻を気にされるようなことも無いはずだ。だから新宿であれば、20時以降でもいることが出来るはずだ。なのに、なぜ20時を期限にしたのか?と考えた」
俺は続ける。
「調べてみると東京タワーのイルミネーションは24時までやっている。それに併せて、この時期の展望室はたいていどこも21時や22時くらいまではやっている。だからやっぱり20時っていうのは切りが悪い。普通に新宿で東京タワーを見ているのであれば、期限の時刻を22時とかにしているだろう。そうしない理由は?もしかしたら、22時に出来ない理由があるのではないか?と考えたんだ」
「22時に出来ない理由って何なんでしょう?」
「お前がいる場所が、20時で追い出されるような場所ではないかと仮定したんだ。それを前提に、20時に東京タワーを見える場所で、かつ、追い出されるケースを考えたんだが、どうしても思いつかなかったんだ。お前が本当に東京タワーを見ているのか?って疑ったよ」
ハハっと俺は空笑を入れる。
「だからかな、お前が本当の東京タワーを見ていない。そう、例えば美術館のような場所にいるんじゃないか?って思ったんだ。美術館であれば20時の閉館は納得できる」
見ているのであれば、東京タワーの模型や、プラモデルだろうとあたりをつけたが、調べてみたら新宿でちょうど東京のジオラマ展を開催していた。そう、沢田は東京を模写したジオラマ館にいた。そのジオラマ館は東京の細部をミニチュアで表現していて、当然、東京タワーも配置されている。俺は最後のコインをここに賭けてみることにした。


「最後に……東京っぽいものを見ておきたかったんです」
沢田がポツリとつぶやく。
「でも、本物の夜景を見るには私が耐えられそうになかった。だからせめて偽物でも……って思ったんです」
「……別にこれが見納めって訳じゃないだろう。いつだって帰ってこれる」
沢田は弱々しく首を振る。また俺たちの間に沈黙が広がる。
店内は様々な音で満ちていた。空いている席を探す足音。友人たちと話す声。店内を満たす軽いBGM。そんな中、俺たちだけがひっそりと何かから隠れるように音を発していなかった。
だが、いつだって何かを変えたり、始めたりするのは沢田だった。今だって。
「あーあ。やっぱり凄いなぁ、瀬戸さんは」
沢田はこれまで固くしていた表情を崩し、伸びをしながら沈黙を破った。少しだけ場がほぐれるのを感じる。
「本当はもう瀬戸さんたちには会わないでおこうって思ってたんですけどね」
ちらりと舌を出す。


「なぁ」俺は考えがまとまらないまま話し始める。
「お前、この一ヶ月が楽しかったってメールくれただろう」
キョトンと沢田が俺のことを見つめる。
「俺も、この一ヶ月がこれまで生きてきた25年間で……一番楽しかったんだ。お前の言うとおりだよ、俺も何もかもを呪って生きてきた。そんな俺が毎日楽しいって思えるなんて嘘みたいだって思った」
「瀬戸さんも、お友達いなそうですしね」
「まぁな。自慢じゃないが、25年間で一人もいない」
お互いにうつむきながら、空しく笑う。
「だからさ」
俺は続ける。
「お前が初めての友達なんだよ」
沢田が顔を上げる。
「友達ってどうすれば良いだか分からないんだけどな……。でも、たぶん、そいつが困ってたら何だってしてやるのが友達なんだと思う。話を聞いてやって一緒に傷ついて、楽しいことがあれば一緒に笑えば良い」
沢田の目が少し潤む。
「だから、お前が困っていることがあればいつでも俺に言え。本当に困ってたら、お前が新宿にいようが、イギリスにいようが、どこにいたって今日みたいに絶対にお前を見つけ出してやる」
とてつもなく恥ずかしい。でも、俺が伝えたかったのはこれだ。お前は俺の友達だ。
テーブルの上に置いていた手に、ふと暖かいものが置かれる。沢田が俺の手の上に、自分の手を重ねていた。いつの間にか沢田は泣いていた。
「絶対ですからね」
「あぁ約束する。だから安心しろ」
沢田がにこりと笑う。なるほどな。原田が絵に描きたいというのも少しうなずける。最高にいい笑顔で、そして美しかった。


それからすぐに原田と嶋がマクドナルドに入ってきた。
嶋は沢田に抱き着き、原田が優しい目で俺にアイコンタクトを送ってくる。
窓際だから見えてたんだよ。お前たち、俺たちが話し終わるのを外で待っていただろう。だからだろう。あんな恥ずかしいことを言わされてしまった。
してやられたが、何となくこいつらのことが好きだな、とふと感じている俺がいた。
「よーし食おうぜ!沢田のせいで腹が減った!今日はお前の奢りな!」
「や!こういうのは見送る方が奢るんですよね!」
いつものバカバカしいやりとりが帰ってきていた。


そのあと、沢田は残りの三日間を毎日マクドナルドで過ごした。俺たちもなるべく早く仕事や学校を終わらせ、顔を出した。ただ、俺たちが帰りたがっても「私!最後なんですよ!」と、なかなか帰らせてくれない。連日、酒も飲んでないのに終電で帰ることになってしまった。
三日目、最後にみんなで西口改札に沢田を送るった。沢田は少し泣いていた。
「皆さんに会えて、本当に良かったです!イギリスからも絶対に連絡しますね!」
と、明るく、いつまでも俺たちに手を振りながら駅のホームを下って行った。
そんなあいつを見送りながら、原田が言う。
「寂しくなりますね」
「まぁな」
「僕の卒業制作の絵、沢田さんをモデルしたあの絵。出来たら、彼女に送ることにします」
「そうか」
「楽しい一ヶ月だったなぁ」
原田が一人ごちる。それは俺もだよ、原田。

 

……だが、俺の話はもう少しだけ続く。
翌日、俺は朝から雑踏の中、壁によりかかり道行く人たちを眺めていた。外からはたまに何かが高速で回転しているだろう爆音が聞こえる。室内放送では受付に来るようひっきりなしにアナウンスが流れている。
俺は眠気覚ましの缶コーヒーを一口、口に含む。不味いが苦みが少し微睡がかった目を覚ましてくれる。そうやって俺は道行く人を飽きずに眺めていた。時計を確認すると、14時……。ダメ元だしな……少し諦めかけていた。
しかし、遠くからヒョコヒョコと歩く見慣れた姿を見つけ、俺は最後の賭けに勝ったことを知った。
そいつはデカいスーツケースを引いていた。小さな体に不釣り合いな大きさが、見ていて痛々しい。しかしそいつは、一心に前だけを見つめて歩いていた。何にかに挑戦するような目だった。
そいつが横を通るときに声をかけてやる。
「よう」
そいつが振り向き、俺を見る。
「瀬戸さん!何でここに!」
沢田が驚いた表情を見せる。はは、ざまーみろ。
俺は羽田で、沢田を待っていた。
「お前、昨日はマックでも『いつ』『どこから』飛行機に乗るか言わなかったよな。原田たちは見送られるのが辛いだろうから飛び立つ時間や場所は言わなかったんだろうって気にしてたみたいだけどな。俺の友情は重たいから、推測して張ってた」
「私の周りの男の人はみんなストーカーになっちゃう。私の魅力凄いなぁ」
沢田がオーバーアクションで呆れたことを伝えてくる。
「言ってろ」
「それにしても、よく私がここを通るって分かりましたね」
「まず羽田を使うか成田を使うか、これが一番悩みどころだったが、お前の住む家を考えると羽田が近い。わざわざ成田を使う可能性は低いと考えて、羽田に山を張っていた」
「勘ってやつですね」
そう、俺は勘だけを頼りに朝から7時間ほど羽田で張っていた。さらに俺の勘では午前中には来ると思っていたが、まさか14時に来るとは……。来るのが遅ぇ。
「羽田の国際線であれば、必ずこのホームを通る。だからお前が羽田を使うのであれば、ここで引っかけることができる」
「わぁ!怖いですね」
沢田が笑いながら言う。
「というわけで、見送りに来てやったぞ」
「今日、平日ですよ。会社はどうしたんですか?」
「腹が痛くて休んだ」
「ダメ社会人ですねぇ」
沢田の軽口を聞きながら、近くの自販機でお茶を買って手渡してやると、素直に受け取る。


俺は沢田のスーツケースを持ってやる。なかなか重たい。これをイギリスまで運ぶのか……それを考えると胸が詰まる。それにこいつは一人で空港まで来ていた。親の見送りもない……。俺はここに来て良かったと心の底から思う。俺だけでも見送れてやれる。
沢田は受付で搭乗手続きを済ませると、あとは手荷物検査を残すのみとなった。
本当に最後であると思うと、やはりしんみりとした雰囲気となる。
俺たちは、これから旅立つ人、帰ってきた人を黙ったまま眺めていた。
仕事か旅行か、みな違う世界に飛び立っていく高揚感、帰ってきた安心感を顔に浮かべている。
「少し……お前が羨ましいな」
俺は無意識に一人ごちる。
「俺は海外に行ったことがないからな。これからイギリスなんて海外の代名詞みたいなところに行けるお前が羨ましいよ」
「あ、パスポートとっておいて下さいね。あの約束通り、何かあったらすぐに呼び出しますんで。ロンドンに」
「分かったよ」苦笑いしながら承っておく。
早速帰りに申請に行こう。ロンドンについても調べておこう。これから忙しくなるな。


「でも、瀬戸さん。今日は来てくれて良かったです。この前、私を見つけてくれたとき、実は言えなかったことが一つあるんです」
沢田がさっきまでと表情を変え、真面目ったらしい顔つきで俺の正面に立った。
「どうした?」と聞いてやる。
「覚えていますか?一番初めににお会いした日、瀬戸さんからおまじないを教えてもらったの」
「えっと……あれか、お前が友達と仲直りするから……って、俺が出鱈目を教えたやつか?」
「そうです。だから今度は……私が瀬戸さんに呪いをかけてあげます」
呪い?
聞き返そうと思った矢先、ドン!と胸に衝撃が走った。沢田がうつむきながら、俺の胸へ正拳突きのように拳を突き立てていた。痛ぇ。
「なにす」
「瀬戸さん!」
沢田がうつむいたまま俺の言葉を遮る。まだ俺の胸には沢田の拳が突き刺さっている。
「……瀬戸さんって今年いくつでしたっけ」
「は?25になったばかりだけど」
「……29か。ちょ、ちょうど良いですね。私、最近16になったんですよ。そ、それでですね」
沢田はまだうつむいている。上からだと耳しか見えないが、なぜか真っ赤だ。
「これから瀬戸さんに呪いかけます!瀬戸さんはこれから4年間、彼女が出来ません!」
「は!?」
何だそれ?
「4年間、女っ気がなく、一人さびしく暮らします」
「お、おい。何言ってんだ?」
「4年後、さらに美しく成長した成人の私が帰ってきます。……だから」
沢田がグッと顔を上げる。
「4年間待っていてください!」
顔は真っ赤だったが、それでも沢田は飛び切りの良い笑顔を見せてくれた。


「4年かぁ。長ぇな。そんだけあったら結婚して、子供がいるなぁ」
「まぁ、呪いなんてかけなくても瀬戸さんなら大丈夫だと思いますけどね」
最後まで軽口で返してくる。
「待っている人がいてくれると思えば、私も頑張れます」
そうか。こいつが安心して旅立てるのであれば、気長に待つか。
「じゃぁ4年後、マックで!」
そう沢田は言い残すと、スーツケースをガラガラと引きずり、手荷物検査の列に向かって行った。真っ赤な顔をしているあいつに追い打ちをかけるのも旅の始まりにケチをつける。俺はここで見送ることにした。
沢田は手荷物検査を終えると、搭乗ゲートの向こう側から、ちらりと振り返り小さく手を振る。俺も小さく手を振ってやる。安心したのか、沢田はさらに奥に進み、ついにはその姿が見えなくなった。
「4年後か……」
4年後、どうなっているかなんて誰にも分からない。
恐らく沢田も新しい環境に慣れ、俺のことも忘れているだろう。もしかしたらイギリスの水があい、日本に帰ってこないかもしれない。友人としては、むしろそうなることを願う。
だけど、もし、本当に4年後にあいつが俺の前に再び現れたら?
俺はどうするのだろうか?その時の俺は何をしているのだろうか?あいつの横に並ぶにふさわしい男になっているのだろうか?
とりあえず、あいつに会った時に恥ずかしくない自分でいたい。
まずは手始めに、社内で応募をかけられている企画、あれをやってみるかな。佐々木、まだやってないよな。
俺はそんなことを考えながら空港を後にした。


終わり
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「終わり」って書ける喜びよ!