こんにゃくライトセイバー

あさおきて ひるねして よるねた

ガキと俺⑦

こんにちわ!のひ太です。
今日は箱根に来ております。疲れた体をね、温泉で癒そうとしてたんですが、やったことと言えば長文を書くことくらい。

スマホと外付けキーボード、超便利!


でも、温泉に来て、長文を書いてる私。何してんだか。
そして、ノーラブハント。

 

ガキと俺① - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺② - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺③ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺④ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑤ - こんにゃくライトセイバー

ガキと俺⑥ - こんにゃくライトセイバー


ちなみに今回、ビックリの原稿用紙25枚。10000文字を超えてますよ!4時間くらいかかった!

ちなみに久しぶりなので、粗筋を書いておくと、ストーカー・原田の絵のモデルになることになったガキ。で、退屈した瀬戸が外に出たところで美人に話しかけられるってとこ。


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「は、原田さんのアトリエから出てきた方ですよね?」
エキゾチック美人が話しかけてくる。周りに俺以外いないことから彼女は俺に話しかけていると判断できる。
「あぁ。それが何か?」と、とりあえず答えながら彼女を観察してみる。
美大の学生なのか、顔はゴージャスな東洋系だがつなぎの作業着のようなものを着ている。その作業着はペンキなのか色とりどりの塗料が散りばめられていた。手には美大生らしく黒い大きな鞄を持っている。原田と同じものだ。学校指定の鞄なのだろう。
しかし、だ。彼女が俺に話しかけてきた理由が分からない。ガキじゃあるまいし、俺の美貌にまいって、ということは考えにくい。
「あ、あの。私、原田さんの知り合い……って言うほど仲は良くないんですが、えっと、少しお話をさせてもらっても良いですか?」
ガキと付き合ってきて、俺にも一つ特技が生まれていた。なんとなく面倒なことに巻き込まれそうなことを予感できるようになってきているのだが、まさに今、俺はそれを感じている。
しかし、古今東西、男は美人に弱いというのも変えられない法則として存在している。上手く取り入って一発、なんてことを真顔で考えられるのが男だ。ご多分に漏れず、俺も男の一人。
「別に、暇だから」と、彼女の申し出を受けることにした。


「ここでは何だから」と、そのエキゾチック美人もとい、嶋と名乗る女に学外の喫茶店に案内された。
こじゃれたカフェではなく、昔ながらの喫茶店だったが、むしろそのシックな作りが落ち着く。日曜だからかほとんど人がいない。これは密談のためにここを選んだのではないかと勘繰りたくなる。
席についてしばらくすると、オーナと思しきジジイが注文を取りに来たので、俺はコーヒーを頼む。嶋が「同じものを」と続く。
ヨロヨロとジジイが厨房に戻るのを見届けながら、一向に口を開きたがらない嶋に水を向けてやる。
「で?何故、俺に話しかけてきた?」
これから話すことを考え、舌を潤しておきたかったのだろう。お冷に口をつけてから嶋が話し始める。
「私、そこの美大に通っている四回生なんです。それで、原田君とは同級生なんです。でも、彼は私なんかよりずっと優秀で、在学中から色々と賞とか取ってたりしてるんですよ。彼の作品にはもう値がついてたりするんです」
話が見えてこない。
「その優秀な原田君のことで、どうしてあんたが、見ず知らずの俺に話しかけてくる?」
「それは……原田君、作品にのめり込むところがあって、あんまり人と話しているのを見かけたことがなかったんです。いつも難しい顔をして学内を歩いています」
あの原田が?どことなく人懐っこい印象を与える原田だが、会って二日しか経っていない。俺たちには見せていない顔もあるのだろう。
「それなのに、今日は何だか楽しそうに貴方方と話しているのを見かけて、どうやって仲良くなったのかなって……」
どうやっても何も、「原田がストーカーしていて、それを捕まえた」なんて説明したら学内で原田も居づらいだろう。俺もそれくらいは気を使えるようになったものだ。
「まぁ、たまたま」と言葉を濁しておくことにした。
どうもそのことは嶋にとっては重要事項ではなかったようで「そうですか……」と簡単に納得していた。


「今日、瀬戸さん……でしたよね?瀬戸さんたちと一緒にいた小さな女の子、あの子が次の絵のモデルなんですね……」
ガキよ。またお前は「小さな子だと思われてるぞ」と心の中でつぶやく。
「あの……初対面の方にこんなことを言うのも何なんですが……。私って綺麗じゃないですか?」
ん?
「原田君、女性をモチーフにすることが多いんです。それで学内の可愛い子や、綺麗な子がけっこうモデルをしてるんですが、私よりは、その、あれなんです」
こいつも自信過剰な女だったか。ガキといい最近の俺の周りは自信過剰な女であふれている。
「それなのに、まだ私は一回もモデルにしてもらったことがないんです!学内の綺麗どころは、ほとんどモデルにしてしまっていたから、そろそろ私かな?って思っていたんです」
嶋が語気を荒げる。
「そうしたら、今日どっかから湧いて出てきたガキがモデルになってるとか!」
ガン!と嶋がテーブルを拳でたたく。俺の中で最初の嶋のエキゾチックなイメージが遠のき、危ない奴認定が下った。とか、思っていると嶋の目が少し潤む。
「……原田君の絵、すごいんですよ。彼の中の混沌とした精神が絵の中でぐちゃぐちゃに表現されているのに、それでも華やかで綺麗で……。私もその絵の中に一度で良いから入り込んでみたかった……」
悲しげに嶋がつぶやく。
原田は卒業制作を作っていると言っていたから、おそらく学内で描く絵はこれで最後だろう。だから、嶋にとっては最後のチャンスだったという訳か。


「でも、原田君ってすごいんです!」
急に嶋の目が輝き始めた。感情の起伏が激しい。少し尻込みしていると、嶋が畳み掛けてくる。
やれ原田の絵がもううん十万で売れただの、やれ学内の賞は総舐めにしただの、やれ原田の絵には精神性が表れているだのを俺は一時間ほどたっぷりと聞かされることになった。
「それでですね!原田さんの絵は海外でも」
と嶋の話を遮るように俺のスマートフォンが鳴る。着信を見ると沢田 莉々朱と出ている。リリス……?誰だ?と一瞬考えて、ガキだと気づく。やっぱりすげぇ名前だな。そんなことを考えながら、俺は電話に出る。


「あ、瀬戸さんですかー」
ガキからの電話だった。能天気な声出しやがって、お前がモデルになったせいで俺が今どんな目に合っているかを、とうとうと説きたいところだったが止めておく。
「今、どこにいますか?そろそろお昼にしましょうよ」
やはり能天気にガキが言ってくる。ただ、この場から逃げる口実が出来たのはありがたい。
「分かった。すぐに行く」とだけ伝えって、俺は電話を切った。
「すまんが、原田たちの呼び出しだから、戻るわ」
と席を立ちながら嶋に告げると恨みがましい目を向けられる。俺は何もしてないだろう!
「わかりました、原田君によろしくお伝えください」
目が笑っていない。つぐづく、女は恐ろしい。


嶋と別れて、美大に戻ると校門前でガキたちが待っていた。校門の時計を見ると13時を指していた。俺は嶋にそれほど拘束されていたのか。腹も減るわけだ。
「遅いですよ!何してたんですか?」
ガキが言う。ぶん殴りたくなる。
「さ、黒船亭に行きましょう!瀬戸さんの奢りでハンバーグぅ」とガキが歌いながら前に進む。俺は奢るとは一言も言っていないのだが。
「瀬戸さんの奢りでハンバーグぅ」隣で原田も歌っている。この男が寡黙ねぇ。どうも想像がつかないし、嶋が言うような精神性の高い絵を描けるとはとても思えない。
とりあえず、前を行く二人をぼーっと眺めながら、そのあとを着いていった。


黒船亭は満員だった。店員に聞くと二時間待ちだという。
バカめ。そんな有名店だったら、予約もなく入れるわけないだろうと、俺は内心ほくそえんでいた。
ただ、ガキが「ハンバーグぅ……」とあまりにもガッカリしているのを見ているうちに、気の迷いが生じてしまった。
さっき嶋に連れて行かれた喫茶店、たしかあそこのメニューにもハンバーグはあったし、ああいう喫茶店のハンバーグは、えてして旨いものだ。
「着いて来い」
とだけ言って、今度はガキと原田の前を歩く。
そうして俺は一日に同じ喫茶店へ二回行く羽目になった。喫茶店に着くと、当たり前だがさっきとは何も変わらない。ただ席に嶋が座っていないだけだった。いれば、原田を紹介してやったのに。運のない奴だ。
「へぇ僕も知らなかった。瀬戸さんは上野に詳しいんですか?」
俺だって三時間ほど前には知らなかったんだが、嶋の話をすると面倒なことになりそうだと思ったので「あぁまぁな」とだけ、答えておいた。


ジジイが注文を取りに来ると「ん?お前、さっきも来ただろう」という顔で俺を見てくるが、特に何も言わない。
ジジイよ、世の中には同じ店に一日で二回来ることだってあるんだ、と心の中で答えてやる。
注文を終えて、原田の制作状況や、ガキのモデルの話を聞いているうちに飯が出てきた。
「え?美味しい!」
ガキが目を丸くする。やっぱりな。あたりだったか。
「最初、連れて来られた時はショボイ店だなって思ってたんですけどね、ご飯が美味しいと落ち着いた雰囲気に見えてきますね。不思議」
こいつ、本当に失礼だな。
「本当に美味しいですね。僕、お代わりしようかな」
原田はデブキャラらしいことを言う。


「そういえば」
原田が飯を口に入れたまま喋る。飲みこめ。
「一回僕のスケッチが無くなっちゃったんですよ」
原田がこともなげに話し始める。
「瀬戸さんが外に出てからすぐに、僕らも一回休憩を入れたんです。で、戻ってきたら僕が沢田さんを描きかけていたスケッチが消えてたんです」
「風で飛ばされたとかじゃないのか?」
「それなりに重たいですからね、しかも今日は風が無くて、蒸し暑いじゃないですか」
確かに。
俺は嶋の話を思い出していた。こいつの絵はもう値がついていると。描きかけの絵でも値がつくのだろうか?
「ちなみに何時くらいになくなったんだ?」
「私、覚えてますよ。モデルしていてやることないから、ずっと時計見てましたもの。10時ちょうどです。で、再開したのが10時13分」
10時……。俺が嶋と喫茶店にいた時間か。


「私が美しすぎるから、その絵を欲しくなっちゃったのかもしれませんよ。仕方がありません。悪いのは美しすぎる私です。犯人に罪はありません。許してあげましょう」
ガキの戯言を原田が笑いながら引き取る。
「まぁまだそれほど描いていなかったので、もう一度初めから描き始めたんですけどね」
描きかけの絵を盗む奴なんているのだろうか?俺は取り留めもなく、この謎について考えているうちに、全員がハンバーグを腹の中に収めていた。
「さて、そろそろ戻りましょうか。続きを描かなきゃ」原田が締めて、店を出ることにした。
ガキ、原田と先に店を出る。当然のようにレジの前をスルーしやがる。
俺もこのままスルー出来るのではないかと思ったが、通りすがりジジイが「四千円です」と明らかに俺に向かって言う。
まぁ逃げられないわな。しかし、高いな!


店を出た俺たちはそのまま学校に向かう。道すがら「あぁ高かったな」と嫌味を言ってやるが、二人ともまったく意に反していないようだった。神経が図太い奴らだ。
学校に着くと、特にやることが無かったので、俺もアトリエに着いて行くことにした。
スケッチが無くなった現場と、嶋があれだけ褒める原田の作品を見てみたくなったのだ。


うんざりするほど暑い道のりを通って、俺たちはまたアトリエに帰ってきた。
中央のデッサンスペースには描きかけの絵が置いてある。入るときに見たが、このアトリエには鍵がない。よって密室ではない。もし犯人がいるのだとしたら、こいつらが席を立った隙にアトリエに入り込み、スケッチを盗って、出たのだろう。
これで「いつ」と「どうやって」は分かった。あとは「誰が」が分かれば、解決か……と、ぼんやりと考えているうちに、コチコチコチという音と、シャーシャーっと小気味良い音が響いてきた。コチコチいう方は時計のようだ。低い場所にあるから、音が良く聞こえるのだろう。シャーシャーいっているのは原田が鉛筆を走らせる音だ。その二つの音は妙にマッチして、不思議な空間を作り出していた。コチコチコチ。シャーシャーシャー。
なかなか良い雰囲気だなと思いつつ、俺は原田の絵を覗き込んでみる。まだ未完成の絵の中で、ガキが挑発するように軽く微笑んでこちらを見ている。
これが十万ねぇ。正直、よく分からないが、何となく迫力は感じる。


原田は真剣な表情で絵に取り組み、ガキも慣れたもので微動だにしない。
少し退屈を感じ、窓の外を見てみるとヒョコヒョコと黒いものが、窓枠から出たり消えたりしていた。
何だあれ?と、注意してみると人の頭のようだ。窓のそばまで行ってみると嶋が外からアトリエの中をのぞいていた。ばれないように隠れているようだったが、全く隠れていない。
どうも原田の絵……というより、原田のことを見ているようだ。視線が熱い。俺が窓のそばまで来て、ようやく気付いたようだ。「うわっ」という顔をしている。
「は、い、る、か?」と口パクで嶋に話しかける。
高速で顔を横に振る。ブンブンという音が聞こえてきそうだ。しかし、その首の運動が止まると、やはり原田に熱い視線を向ける。鬱陶しい。
俺は窓を開けると嶋に直接話しかけた。
「おい、もう良いから入って来い」
「え?」
「そこで頭だけピョコピョコ出てると、鬱陶しいんだよ。それなら中で見ろ」
と、先ほどのお返しのように少し語気を荒げて言ってやる。


「あ、美人のお姉さん。さっきも見てくれてましたよね?」
いつの間にか、ガキが隣に来ている。
「私は構わないんですが、原田さん、良いですか?」
ガキは振り向きつつ、原田に聞く。原田は「えぇまぁ……」とか明らかに挙動がおかしくなっていたが、拒否はしていないようだ。
嶋は一気に表情を明るくし、入口にすっ飛んで行ったかと思うと、すぐにアトリエに入ってきた。さすが、生徒だからかアトリエ内には詳しいようだ。。


「ガキが言っていたことから察するとさっきも覗いていたのか?」
俺は嶋に聞いてみる。
「え?べ、別に覗いていたわけじゃなくて、中で誰か描いているなぁ。あ、原田君かぁ、そうかぁ。ぐらいですよ」
これは確実に覗いていたな。
「ていうか」
ガキが割って入ってくる。
「何か瀬戸さんとお姉さん、初対面っぽくないですよね?瀬戸さんの『入って来い』とか、普通初めて会う人には言わないですよね?」
しまった!こいつらには、嶋と会ったことは話してなかったんだ!心なしかガキの声がひんやりと冷たい。
「さっき、アトリエを出た時に会ってな。そこで、ちょっと話をしたんだ」
嶋から聞いた原田の話は黙っていてやることにする。俺、良い奴になっているのかもしれない。
「私のボディガードに来て、なに美人女子大生をナンパしてるんですか?信じられない!」
あーこれは怒っている。分かりやすく怒っている。
まぁまぁとなだめ、モデル用の椅子に座らせてやる。あとは怒りが引くのを待つしかない。
おかしいのは原田だ。嶋が来てからというもの、一言も口を利かない。今も俺たちのことを無視してまっすぐとキャンバスを見つめている。
お前の友達なんだから、お前が何とかしろよ!と思うが、それを口に出すと、ややこしいことになりそうな気がして黙る。
ブーブー言いながら、ガキがモデル椅子に座る。
「よ!リリスちゃん!頑張って!」
適当な応援を投げてやると「キッ」とガキが睨んでくる。
「動かないで」
静かに原田が注意すると、ガキが渋々と目線を戻す。原田もようやく喋ったかと思えばそんな命令か。何なんだよ!


しばらくすると、また時計の音と、キャンバスの上を柔らかい鉛筆が走る心地いい音がアトリエを満たす。
コチコチコチ、シャーシャーシャー。
隣でうっとりと嶋が原田を見つめている。絵が見たいんじゃないのか?原田をわざわざ見ても仕方ないと思うのだが。
俺は少し後ろから部屋の中にいる人物たちを見渡す。


コチコチコチ、シャーシャーシャー。モデルになっているガキ。
コチコチコチ、シャーシャーシャー。モデルになりたかった嶋。
コチコチコチ、シャーシャーシャー。スケッチを盗まれた原田。
その瞬間、俺の中で最後のピースがパズルに収まった。
「そうか」
俺は一人ごちる。
「スケッチはお前が盗ったんだな。……嶋」


静寂を切り裂くように俺は嶋に話しかけていた。
吐いた言葉はもう戻らない。発した言葉に、アトリエの中の視線が俺に集まる。
「……スケッチを盗むってなんですか?」
嶋がゆっくりと問いかけてくる。
「お前がやったんだから、あえて説明することも無いと思うが、この部屋がもぬけの殻になった10時から10時10分の間にスケッチが盗まれたんだ」
嶋が冷たい視線を投げる。どうも冷たい目で見られる日のようだ。
「10時って……。私、瀬戸さんと喫茶店にいた時間だと思うんですけど」
「喫茶店!ナンパだけじゃなく喫茶店まで!」
ガキがわめきそうなところを手のひらを向けて制する。


「原田、今日は日曜だからこのアトリエの使用申請を出すって言ってたな」
俺は原田に聞く。
「え、えぇ。出しています」
「その使用申請は誰でも見れるようになってるだろう?」
「そうですね。誰がアトリエを使うか分かるようにしておいて、使用希望がバッティングしないようにするんです」
「嶋、あんたはおそらくその使用申請を見たんだろう。それで原田が、今日アトリエを使うことを知った。あんたは考える。『原田君がアトリエを使う。絵を描くのだろう。それも私じゃないモデルを使って』と」
「何が言いたいんですか?」
「さらにあんたは考える。『原田君を少し困らせてやろう』と。そして、あんたは昨日のうちにアトリエに忍び込み、この部屋の時計を30分進めたんだ。幸い、このアトリエの時計は低い位置に取り付けられている。だれでも届く位置だから、時計に細工をするのは容易い」
そう言いながら、俺はスマートフォンで嶋に時刻を見せてやる。
現在、14時28分。
時計の針は15時ちょうどを指していた。
スマートフォンをポケットに戻しながら俺は続ける。
「あんたは、こいつらがアトリエを空けた9時30分に忍び込む。もっともこいつらは30分進んだ時計を見ているから、10時だと認識していたけどな」
嶋が黙って俺を見つめる。
「ここの学生のあんたなら、アトリエは勝手知ったる場所だろう。忍び込むのは楽だ。そして、すぐにスケッチを盗むと外に出た。お前の目論見ではそこら辺を歩く知り合いを見つけて、話し込み、アリバイを作るつもりだったんだろう。だが、今日は日曜だ。人がいない。いるのは部外者と思しき男だけだ。そこでお前は腹を決める。その部外者の男、まぁ俺だが、そいつをアリバイの証明者にしよう、と」
アトリエの中を沈黙が支配する。
「……何を根拠にそんなことを言うんですか?」
蚊が泣くような声で嶋がつぶやく。
「俺が外に出た後、全く人を見かけなかった。登場しているのは、ガキ、原田、嶋、俺だけだ。ガキと原田は一緒に行動しているから盗りようがない。それに盗るメリットもない。俺も当然盗っていない。そうするとあの時いたのは、あんただけなんだよ」
今度の嶋は黙る。
「まぁ推測だが、まだここにいるっていうことは、家には帰っていないな。スケッチを置いて帰ってくる時間はないだろう。それに盗ったスケッチを見つけられたら大変だ。校内に隠すこともできなかっただろう」
俺はここで一息区切る。
「お前のその大きな鞄の中を見せてくれないか?」


これで嶋は観念したようだ。鞄を開けると、スケッチを取り出した。それを原田に差し出す。
「……ごめんなさい」
「こ、これ僕の」
原田が言う。どうやら俺の勘は当たったようだ。
「スケッチを盗んだのが9時30分だっていうのは、『少し困らせる』程度の気持ちだったんだろうな。描き始めてすぐの、取り返しがつく範囲でスケッチを盗んだ。だから、まぁ許してやれ。原田」
「許すも何も……。何でこんなことを?」
原田が嶋に残酷な質問をする。この問いには答えられないよな、と思っていると嶋が口を開く。
「わ、私も!原田さんの絵の登場人物になりたかったんです!一度でいいから!」
嶋が叫ぶ。
「それなのに、また違う絵を、違うモデルで描くんだって知って……。悔しくて……」
肩をガックリと落す。俺は少し後悔していた。俺が得意になってこいつが盗んだことをばらさなければ、嶋も原田の前でこんな告白をしなくても済んだのではないか?もっとスマートに自分の願望を伝えることが出来たんじゃないのか?


しかし、この緊張した中、ガキがあっけらかんと割り込んでくる。
「じゃあ、原田さん。このお姉さんをモデルに絵を描いてあげればいいじゃないですか?」
そうか、ガキは嶋の話を聞いていないから知らないのか。嶋はずっと選ばれてこなかった。他にモデルとして選ばれていく女たちを見ながら、残され続けた嶋。
それにどうやら原田は絵に対しては真摯でいるようだ。これまで使わなかったモデルをお情けで使って絵を描いたりはしないだろう。
原田が口を開く。
「嶋さんをモデルにすることは出来ない」
人生っていうのはつくづく自分に都合よくできていない。
「でも、僕がもっと腕を上げたら、5年、いや!3年以内に必ず嶋さんをモデルに絵を描くよ」
は?
あれ?
え?描くの?
俺がポカンとしているとガキが救いの手を差し出してくれた。
「私、モデルの位置にいるから原田さんの顔がよく見れるんですけど、お姉さんが来てから原田さん、顔真っ赤なんですもん」
そういうことか。
原田は、嶋を選ばなかったのではなく、選べなかったということか。今の自分の画力では嶋を描けないと判断したか。
つまり、これまでのモデルはすべて嶋を描くための練習台ってことか。それはガキのモデルすらも……。
良かったな、嶋!と嶋に目線を向けると、その大きな目から涙があふれていた。
「嬉しい……」
「必ず、君のことを描くよ」
原田が何故か格好良く見える。デブのくせに。


こうやって不器用な告白が終わると、場は絵を描く雰囲気ではなくなってしまい、今日は解散することになった。
帰りがけ、嶋がこっそり俺に話しかける。
「ありがとうございました」
何故か礼を言われてしまった。俺はあんたの告白を台無しにしちまったんだがな。
原田と嶋が校門まで見送ってくれる。別れたあと振り向いてみると、二人が楽しげに話をしているのが見えた。


駅までの道をガキと歩く。
「また、一つ謎を解決しましたね。ホームズさん」
ガキが俺に話しかける。
「謎って言うほどのものじゃないだろう。ワトソン君」
そう、別に謎って言うほど複雑な謎じゃなかった。
「でも、嶋さん嬉しそうでしたね。良いことをしましたよ」
「そうか?俺は結局、嶋の告白を台無しにしちまったんだと思うんだけどな」
「違いますよ」
ガキが柔らかく否定する。
「二人とも思い合っていたのに、前に進めなかったんですよ。嶋さんの行動はメッセージだったんでしょうね。『原田さん、気づいて』って。それを瀬戸さんが見つけてあげたってことですよ」
そうなのか。そうだったなら良いんだが……。ただ、ガキの言葉に悔しくも少し心が軽くなっていることに気付く。
自然と苦笑いが漏れる。俺はいつからこんなに弱くなってしまったのだろう。これまで人のことを考えるなんてしたことがなかったのに、今は嶋の心情を慮っている。


「それはそうと瀬戸さん」
ガキが口調を変えて俺に話しかける。何故か少し背中が冷える。
「……なんだよ?」
「先ほども言いましたが、瀬戸さんの今日の役目は私のボディガードですよね?」
「……それが?」
「なのに、役目をほっぽり出して、あろうことか嶋さんをナンパして」
ガキの目つきが険しい。
「さっき言っただろう、嶋には話しかけられたんだよ」
俺の話を無視してガキは続ける。
「話しかけられた。なるほど。そのあとに喫茶店?ですか?ホイホイと着いて行っちゃったんですよね」
ガキが痛いところを突いてくる。痛いところ?別にやましいことはしていないのだが。
「嶋さん、美人でしたもんねぇ。やー瀬戸さん、残念でしたねぇ」
軽い口調だが分かる。ガキがは怒っている。この際、痛いところだとか考えるのは後回しにしておこう。
「何が望みだ?」
ここでようやく『むふぅ』とガキが笑う。迫力のある笑みだ。
「この近くに、美味しいかき氷屋さんがあるんですよ。その情報から導き出される結論は?」
「分かった、奢ってやる」
「よく分かりましたねぇ。さすがホームズさん」
ガキがケタケタと笑う。その能天気に笑っている顔を見ると、まぁ別にどうでも良いかという気持ちになってくる。
空には大きな入道雲が浮かび、セミの大合唱は五月蠅いほどだ。かき氷を食って帰るには最高の日だろう。
「夏ですね」
ガキが一人ごちる。
「でも、夏休みももう少しで終わっちゃうんですよね。まだこんなに暑いのに」
さっきまでの能天気な顔が少し憂うように見えた。道の真ん中に陽炎が立っていた。

 

つづく

ガキと俺⑧ - こんにゃくライトセイバー


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謎解きとか苦しいですよね!
反省は一番最後にやりますが、でもとにかく終わらせなきゃと思ってるんです。